第27話 手品の理由

 多家良や柳沢が、小さな声で聞き返す。和但馬は無言で首肯し、話を続けるのは上岡。

「厳密に言えば、みんなが引いたそれぞれのカードに重ねた一枚上を覚とくいう方法を採ったんや。カードの山――デックの一番上に、引いたカードを戻させ、山の下から何枚か持って来て置く。この置くときの動作に紛れて、重ねるカードの内の一番下のやつを盗み見て覚える。たとえば僕がカードXを置き、そこへ和但馬君が重ねたカードがハートの3やったとする。そのあとカードの山全体をひっくり返して、表向きにして見ていけば、ハートの3の次に来てるカードが僕の選んだカードXやと分かる。うてるかな、和但馬君?」

「その通りです。カード当てマジックの基本的なテクニックを用いました」

 和但馬が認めると、部長の加藤は得心が行ったように何度か頷いた。

「九人分覚える、言い換えれば九枚のカードを覚えて、誰がどのカードだったかも覚える必要があるから、記憶力がいるってことか」

「実質的には一人なんですが、間違って他の人のカードを先に出してしまわないようにするためには、全部覚えておく方が安全確実ですから」

「実質的に一人ということは、カードを引いた誰か一人だけを特定の順番に選び取ったんだね? 一体誰を……いや、考えるまでもないか。中途半端に二番三番になっても仕方がない。一番になって、確実に好きな部屋を選べるというのが肝心なのだろう。とすると――」

 一瞬、斜め上に視線をやり、思い起こす風の加藤。次に視線を元の高さに戻したとき、彼はを見た。

「実光さん。君が一番手になったよね。あれは和但馬君の作為によるものらしいが、本当か? 言い換えるなら、和但馬君がマジックの技術で君を一番手にしたのは、実光さんの意思を受けてのことなのかい?」

「ええ。実はそうなの」

 実光が簡単に認めると、食堂内が騒然となった。

 本人から経緯の説明を始めるまでに、しばらく待たねばならないほどだった。


「まず、私は事前に、つまりここへ来る前に、十鶴館の見取り図を目にする機会があった。同時に、鍵の構造――内側から施錠する場合にも鍵が必要――についても知った。これは三年生全員が同じ条件だった。でしょ?」

「あ、ああ」

 肯定する加藤は、いつになく動揺が現れていた。何が起きているのか、全体像が掴めず、困惑しているといったところか。

「それから、部屋割りを決める役が和但馬君になった。こっちに関しては三年生に限らず、みんな事前に分かっていたこと。そこでふと思い付いたのよ。和但馬君に密かに頼んで、一番に部屋を選べるようにできないかしら、とね」

「何故?」

「見取り図を読み込めば分かるように、玄関や勝手口を通らずに、館を出入りできるのは、一階廊下奥の窓だけよね。そのすぐ近くの二号室なら、ほぼ見咎められることなしに、外と内を行き来できると思ったの。見張りのことは、そのときは想定していなかったけれども」

「そういうことを聞いてるんじゃないよ、実光さん。どうして人に見られずに出入りしたいと考えたのか、その理由を問うている」

「トリックの実験、実践よ。なんて言っても信じてもらえないかしら。でも実践なのはある意味本当なの。ある人と内緒で会う約束をしていて、こっそり抜け出したかったのよね」

「会うって……」

 何を言い出されたのか分からない、とばかりにかぶりを何度も振る加藤。

「誰がいるって言うんだ? 実質的にここは閉鎖状況にある。まさか、海を渡って会いに来てくれる王子様がいるとでも?」

「そんなんじゃないわ。それに、会う相手が誰かなんて、事件には関係ないでしょ」

「いや、その判断をするのは君じゃない。僕らだ。森島君の事件で実光さんがそいつを手引きし、中に入れた可能性を検討せねばならない」

「そうですよ。それに、王子谷君の事件でも、実光先輩の言う約束の人が犯人ではないという保証はないです」

 加藤部長の尻馬に乗って(?)、力沢が疑いを向ける。さらに、和但馬が加わった。

「それだけじゃないです。実光さん自身にも嫌疑を掛けなくちゃいけない。何故なら、僕は副部長に頼まれて、外に出る隙を作ったのだから」

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