第26話 和但馬からの異議と秘密
「あ、あの」
唐突に和但馬が声を上げた。ショックから立ち直りつつあるのかどうか、まだはっきりしない。俯きがちの姿勢のまま、声を絞り出す。
「やっぱり考え直しませんか? 外部犯の存在を決め付けるんじゃなくて、外部犯はおらず、すべての犯行は僕らの中の誰かがやったと」
「え、どうした、和但馬君。今頃になって異議を唱えるからには、何か強い理由でも見付けたのかい?」
「え、ええ、強い理由かどうか分かりませんけど。今さっき部長が言った、逃亡犯がいて船を待つというのは、あり得ません。だって、電話を通じなくさせたんですよ、犯人は」
「ははん……そうか。失念していた」
額に片手をやる加藤。他の者も、今思い出した様子だった。
「船を待つなら早い方がいい、早く来させるには電話が通じるようにしておくべきだ、という理屈ね」
実光が噛み締めるように言って、少し間を置く。右手人差し指を口元に当て、考える仕種のまま、また話し出した。
「電話が通じる状態だと、警察も併せて呼ばれる可能性が高い。犯人はそう考えて、電話を壊したんじゃない?」
この反論に、再び納得の空気が漂う。和但馬は汗をかいた様子もないのに、額を腕で拭った。
「かもしれません。けど、もっと不自然なことがある。皆さん、思い浮かべてみてください。王子谷は窓から外を見ていたとき、刺された。いきなり? 接近してくる犯人にまったく気付かなかった? そんなことあるでしょうか」
「なるほど、と言いたいところがだが、まだ微妙だな」
加藤が言い、考えをまとめるためか、少し時間を取った。
「――推理研のメンバーなら、館の外にいて、窓に近付いてきても、王子谷君は警戒しないと言えるかい?」
「それは……」
「森島君の事件がなかったのなら、まだ分かるよ。しかし実際には彼女が殺されたあと、言い換えれば一人目の犠牲者が出ており、犯人は不明のまま。そんな状況下で、夜中に窓の向こうから現れたら、知り合いだろうと誰だろうと警戒するものじゃないかな」
「そ、それは認めますけど、でも、僕の出した疑問への答にはなっていないじゃないですか」
「その通りだね。誰が犯人であろうと、王子谷君は警戒したはずだという話をしたに過ぎない。うーん、考えられるとしたら……たとえばこういうのはどうだろう? 王子谷君は犯人と待ち合わせの約束をしていた」
「待ち合わせ、ですか」
「適切な言い回しかどうか心許ないが、要するに親しい誰かと、夜中に話し合おうとしていたと」
「何でそんな窓越しに合わなきゃいけないんです? 普通に館の中で会えばいいじゃないですか。犯人に言いくるめられたとでも?」
「それもあるかもしれない。加えて、王子谷君は見張りの人間には知られたくなかったんじゃないかな、その何者かと待ち合わせて話し合う機会を持つことを」
「それって要するに……犯人じゃない人達を警戒して遠ざけ、信頼していた人が実は殺人犯だったってことになります? ……王子谷はそこまで間の抜けた奴だったのかな……」
「そうだね。こう考えると、なるほど君の言う通り、内部犯を想定しなくてはいけなくなる。しかし、依然として残るのは、その待ち合わせ相手はいかにして外に出たか、だ」
「……」
加藤部長の指摘に、和但馬は唇を噛み締め、眼をきょろきょろさせた。挙動不審というのではなく、迷いが、意図せぬボディランゲージとして溢れてしまった、そんな風に映る。
「和但馬君。言いたいことがあるのだったら、言っていいのよ」
実光が殊更に優しい口調で話し掛けた。
そう言われたあとも幾ばくかの逡巡を見せた和但馬だったが、やがて「本当、ですね? 文字通りの意味に受け取りますよ?」と何故か強く念押ししてきた。
「うん、ストレートに解釈して」
さねみつはそう促すも、それでもまだすぐには口を開こうとしない和但馬。さすがに場がざわつき始めた。どうしたんだ何か見たのか云々と、疑問の囁きが出る中、上岡が席から立ち上がった。
「迷うとるようやから、背中押したろか」
「?」
言われた和但馬は、何のことだか飲み込めない様子で、眼をぱちくりさせる。
上岡は皆の目を集めてから、続けて言った。
「合宿初日に僕が気付いた、ある“変なこと”についてや。心当たりあるやろ、和但馬君? 自分で言うよりも他人から言われた方がなんぼかましと思て、聞いたってくれるか。親心ならぬ先輩心や」
「……」
無言のまま、頷いた和但馬。彼自身、何のことを言われているのかを察したらしい。
「おいおい、上岡。何を言い出すのか知らないが、大丈夫だろうな?」
加藤部長が多少不安げに聞く。
「分からん。けど、早い内にすっきりさせといた方がええとは思う。こないに事件が続いとるのに黙っとったら、事件に関係あろうがなかろうが、話がややこしなるわ。
僕が言うとんは、最初の日に和但馬君がやったあれ、部屋決めの段取りについてや。あれ、君、イカサマしたやろ?」
上岡のずばりとした指摘に、多くの者が「どういうこと?」と騒ぎ始めた。イカサマという表現がきつかったのかもしれない。和但馬が返事をしないのも、イカサマと言われたからかもしれなかった。
「ああ、イカサマは言い過ぎやった。手心を加えた、でええか?」
「そこまで言うんでしたら、僕がどうやったのかも、暴いてください」
和但馬は面を起こし、そう求めた。意外にも表情から険しさは去っている。穏やかとまでは言えずとも、ほっとしているように見受けられた。
「暴け言われてもな。手品、マジックやったとしか。シンプルながら手並みは悪うなかった。あと、記憶力もそれなりに必要とするやろな。僕には真似できん。一人か二人相手ならできるやろけど」
「記憶の方は、ちょっとしたコツを掴めば、誰でもできます」
「分かっている二人だけで会話を進めないでくれ。どっちでもいいから、解説を頼む」
加藤部長が釘を刺す。当の二人は顔を見合わせ、眼で頷いた。
「言葉で説明するよりか、再演してもろた方が早いんやろうけど、時間を食ってる場合やないし、しゃあないな。みんな、部屋決めの方法はどんなんやったか覚えとるな? あれ、誰がどのカードを引いたか、彼は分かっとった」
「ほんとに?」
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