第25話 外部犯ならばどこから来たか

「いえ、そんなことは。納得しました」

「それでは、外部犯説を本格的に採用していいかな?」

 異議は出なかった。殺人犯は外部の者であってほしいという願いがバイアスを掛けたかもしれないが、加藤ら三年生が示した弁明にそれなりに説得力があったことも確かだろう。

「外部の人間が犯人なら、三人を殺した動機は何なんでしょう?」

 多家良が場に問い掛ける。二年生と一年生の中で今、一番気力を保っているのは彼女のようだ。

「その辺りの考察もあとにしよう。中谷君の事件の状況を、まだ何にも知らない人が大勢いることだしね」

「あ、すみません、先走ってしまいました」

 途端に肩をすぼめる多家良。加藤はいいんだと呟くと、次の話に移った。

「中谷君の死因は、扼殺だと思われる。絞殺ではなく、腕だ。後ろから腕を回して力を込めた。念のために注釈しておくと、扼殺だから犯人は男とは言い切れない。細い腕の方が顎の下に差し込み易いという考え方もできる。――失敬」

 謝罪の言葉を口にし、小さく頭を下げる加藤。殺害の様をありありと想像させる物言いをしたことに気付いたのだろう。

「だが、もうしばらく辛抱してほしい――。絞められて苦しくて、懸命にもがいたはずなんだが、室内はほとんど、いや全然荒れていなかった。このことから、中谷君が襲われたのは別の場所であり、死亡後に彼女の部屋に運び込まれた可能性が大だと思う」

「そんな状況でも、外部犯、なんでしょうか……」

 力沢が“探り探り”と“恐る恐る”の中間のような、何とも言えないテンポで問うた。

「確かに疑問だね。思うに、殺人犯は複数いるのかもしれない。ただし、まったくの無関係ではなく、外部犯が内部の者、つまり僕らの仲間をうまくコントロールして犯行を重ねている線は、あり得るんじゃないか」

「そこはおかしいんと違うかと、現場を視たときにも部長に言ったんや」

 上岡が話に加わった。

「話が尻切れトンボになってもたから、続きを今しよか、部長」

「ああ。流れ的にもちょうどいい」

「では……何にも知らずに犯人を招き入れてしまういうんは、なくはないと僕も思うわ。だけど、それはせいぜい一つ目の事件までや。森島さんの事件が起きて以降は、あり得んと言い切る。それだけ同じ部活仲間を信じたいいうこっちゃけど。そこへ加えて、さっきまで交代で一階の例の窓を監視しとった。手引きして外部犯を入れるのは物理的にもないやろ」

「異論がある。その前に、一つ白状しないといけないんだ。先ほど、王子谷君の事件での外部犯説を検討したけれども、わざと言及しなかった仮説がある。内部の者が外部犯を入れてやる方法として、もう一つあるだろ?」

「……僕も気付いとったで。その方法は何なのかは、あんまり言いたくはないんやが」

「僕が言うよ。見張っていた誰かが手引きしたパターンさ」

「ええ?」

 そんなばかなというニュアンスの感じられる、驚きの声がいくつか上がる。

「二人一組で見張ったのには、それを防ぐ意味もあったんじゃないんですか」

 具体的に質問したのは多家良。

「もちろんその通り。だけど、完全に常に二人一組だったかというと、そうじゃなかった。たとえば次のペアと交代する前に、交代要員を一人が起こしに行くだろ? 残る一人はその間、窓を開け放題。無論、交代要員がやって来るまでの短い間に、犯行を終えて出て行かないといけない訳で、いわゆる早業殺人に近いが、可能性ゼロとは決め付けられない」

「いいや、可能性は極めてゼロに近い」

 上岡が主張する。

「次の番の奴がいつ来るのか、犯人にも誰にも分からんはず。予想すら立てられへん。そんな不確定要素がでかい状況下で、さっとやってさっと帰ろう言う犯行計画なんか、実行する輩はおらん。一か八か、わずかな可能性に賭けなあかん状況でもなかったやろうしな」

「ふむ……認めざるを得ないかな。となると、残る可能性は一つ。それぞれの事件の犯人は別々にいる、ということになりそうなんだが」

「ま、まさか、それはないですって」

 上岡よりも早く、力沢が反応した。

「こんな限られた空間で、殺人犯が二人もいるなんて、あり得ませんよ」

「……理由は?」

「それは……蓋然性というか、確率的に。無差別殺人鬼が二人、同時に現れるなんて」

「無差別殺人鬼が二人とは限らないだろ。外部犯が無差別殺人鬼で、外部犯に不可能な犯行は、僕らの中の誰かが個人的な動機でやったという想定も可能だ」

「もし仮に、万が一そうだとしたら……森島さんを殺した奴を絞り込めない」

 右拳を握って俯きがちになり、無念そうに肩を震わせる力沢。

「誤った推理をするより、よほどましさ」

「部長。犯人が二人以上、別々にいるとして、ちょっと前に触れた動機はどうなるんですか?」

 多家良が待ちかねたように言った。

「内部犯の方は、私は一年生で、皆さんの関係性をまだよく分かっていないから、動機は何とも言えません。ただ、外部犯の動機を無差別と決め付けるのはどうかと思うんです」

「無差別殺人鬼と言ったのは、力沢君が先に使ったからで、これと決め付けたのではないよ。誤解させて悪かったね」

「だったらいいんですけど。外部犯には外部犯なりの理由があるはずです」

「うん、理由……謎だね。金品目当てじゃないし、十鶴館から僕らを追い出したいなら、何らかのメッセージを残すもんだろう。無差別殺人と呼びたくなる気持ち、よく分かる」

「森島さんと王子谷、中谷さんの三人は、不審人物つまり犯人を目撃してしまったから殺された、ということは考えられないですか」

 力沢が仮説を出してきた。無差別に拘ってはいないという意思表示だろうか。

「ないと否定する材料を持ち合わせていない。興味深い仮説として拝聴するよ。犯人はその場合、目撃されては困る人物、たとえば前に否定したが脱獄囚のような」

「はい、まあ、それくらいしか……」

「仮にそのような逃亡犯がいたとして、どうしてこんなところに身を潜めようと考えるんだろうね?」

「え?」

「もし見付かれば、逃げようがないじゃないか。こうして事件を起こしたら、いずれ警察の捜査が入る。そうなると間違いなく見付かる。だから、逃亡犯自身が誰かに目撃されたと気付いたのなら、目撃者を殺すのではなく、脅して口封じするか、さっさと逃げ出すかのどちらかが最善手だと思うんだよ。そのどちらも難しいときは……船を待つ、という手があるな」

 加藤はそう言って、唇の両端を少し上げた。妙な閃きをしたものだと苦笑いをしたように見える。

「船を待つとは、どういう……」

「なに、難しいことは言ってないつもりだ。文字通り、船を待つ。僕らを迎えに来た船に、犯人も乗り込んで密かに脱出するか、あるいは船を乗っ取るか。いずれにせよ、成功確率は低いと思うが」

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