第28話 自宅から館への電話
* *
朝一番の電話だった。家の電話は当然、個人用じゃないから、最初に出たの母親で、俺はのんびりと朝飯を頂こうかというタイミング。
「未来! あんたによ、電話」
そんなでかい声出さなくても聞こえるって。抗議の言葉を飲み込んで、箸と飯茶碗をテーブルに戻すと、電話のある廊下に向かう。
「誰から?」
「昨日の記者さんだって。感じのいい人に見えたけれど、この時間に電話を掛けてくるなんて、ちょっと非常識――」
「分かった分かった。かわって」
半ば奪うようにして送受器を受け取り、もしもしと話し掛ける。
「松田君か。おはよう。突然電話して悪かったね」
いきなり礼儀正しく言われ、やや面食らう。
「おはようございます。田島さん、何事ですか」
新たに何か分かったにしても、こんな急いで知らせる必要があることなんて、そうそうないだろう。大きな期待とちょっぴりの不安を抱いて聞いた。
「実は昨日の夜、兄から電話があって、どやされた。兄というのは、警察の方じゃなく、峰男君の父親の方だ」
「え? それは『犯罪絡みの調査・取材に、うちの子を巻き込むな!』的な、ですか」
どうしてそんなことを早朝、知らせようとするのか飲み込めないまま、聞き返す。
「いや、少し違う。『息子の――つまり峰男君の――声を聞こうと、宿に電話したが、藤峰男なる人物が宿泊している形跡はないばかりか、B大学推理研ご一行も泊まっていない、と来た。どういうことか知らないか?』と言うんだ。訳が分からないだろう?」
「え、ええ」
混乱と戸惑いを飲み込みつつ、応対する。そして思い当たった。昨日、田島さんと話をしているときに受けた違和感の正体。田島さんは昨日の時点で、藤峰男が家族旅行に行っているのではないと知っていたに違いない。藤峰男を除いた家族――両親と他に家族がいればその人達は揃って旅行しているが、藤峰男は別行動だと。
「そのー、親御さんの話から推測すると、藤君は親に、B大学推理研の夏合宿に、泊まり掛けで参加すると嘘をついたんですかね? 何のためだか分かりませんが」
「私も同じように推測した。推理研所属の君なら何か知っているんじゃないかと、電話した訳さ」
「い、いえ。今の反応でお分かりだと思いますが、何にも知らせてないです」
「やはりそうなのか。単純に考えるなら、他の友達、もしかしたら恋人と二人きりで旅行している、なんていうのは安直かな」
「安直か否かは判断できませんが、恋人がいるような感じは彼から受けなかったな」
「今度の合宿に参加していない部員で、峰男君と特に親しいような人は?」
「一緒に旅行するほどのという意味でなら、いないと断言していいと思います。部活外でもいないんじゃないかなあ」
「だよねえ。となると……もしかして、十鶴館に単独で行こうとした、もしくは行っている、なんてことは」
「それはさすがにないかと。言い忘れていましたが、昨晩、藤君の方から電話があって」
「ほんとかい? 何時頃? どこから掛けてるとか言ってた?」
「ええっと、夜十時前で、場所は特に聞きませんでしたよ。てっきり、家族揃っての旅行中だと思っていたから」
「ふうん……。仮に十鶴館に行っているとしたら、強引に押し掛けたことになるが、みんなに受け入れてもらえたのかな。電話を掛けて来られるんだから」
「あ、そうなりますね。携帯電話なんて藤君も誰も持ってないし、仮にあったとしても確か圏外だと聞いた覚えがあります」
「ただ、そうだとしたも、不明点が多いな。何で君に、十鶴館に押し掛けたことを黙っているのか、とか」
「それは……ドッキリなのかもしれません」
藤との通話内容を思い起こし、連想した。
「俺や他の不参加組を騙して、驚かすっていう。先輩達もその計画に乗ったから、何も知らせてこないし、藤君を受け入れたんじゃないかって思えてきました」
「……君以外の不参加者には、峰男君から電話があったのかい? 昨日一緒だった笠原さんとか、電話があったなら君へ伝わってるんじゃないかな」
「い、いえ。何も聞いてない……」
ドッキリの効果を最大限発揮させようとするならば、俺一人に藤が電話するだけでは弱い気がする。俺以外の部員全員が、俺一人を引っ掛けようとしている、とかじゃないだろうし。
「うーん、どうも分からんなあ。そもそも学生が単身で、辿り着けるような場所かという疑問もある」
電話口の向こうで、かさかさと音がしたようだ。地図を広げたと推測される。
「吊り橋が駄目になってるんだから、最も簡単確実なのは、十鶴館正面にある浜へ、船で乗り付ける、だが。ゴムボートで行けるような場所じゃないんだよな。たとえ船外エンジン付きだろうと、危ないにも程がある。より安全な場所に着岸して、岸沿いにぐるっと歩く……のも無理。とにもかくにも、吊り橋が使用不可能なのが極めて大きい」
巣座島に渡るのは相当困難らしい。よくもそんな場所に、大きな館を建てたものだ。今年は駄目だったけれども、一度はこの目で直に拝んでみたい。
「ところで松田君。こういう状況にかこつけているようで言いにくいんだが、十鶴館の電話番号――」
「あ、それがありましたね。もちろん、お伝えします。藤君が実質、行方不明状態なのは俺も心配だし」
そらんじられるようになっていた番号を、すぐに教えた。田島さんは礼の言葉を口にしてから、
「このあと、私が掛けていいんだね?」
と聞いてきた。
「もちろんかまいませんが」
「君も掛けたいんじゃないかと思ってさ」
言われてみれば、確かにそういう気持ちもあるにはある。ただ、何となく嫌な予感もなくはない。もうすでに学生の俺らの手には負えない事態になっているのではないか、という……ミステリに馴染みすぎた人種の悲しい性ってやつかな?
「じゃあ、先に俺から掛けて、先輩達に事情を伝えておきましょうか? 『田島という記者さんがこのあと電話してくるけど、これこれこういういきさつがあってのことだから』という風に」
「その方が話が早いかもしれないな。本来なら、私と君が合流して、それから十鶴館に電話すればいいんだろうけれど、その時間が惜しい。よし、その線で行こう。先に十鶴館に電話を掛けるよう、頼むよ。そのあと、そうだな、今から十分後に私も十鶴館に電話するということで」
「はい。万が一、電話NGと言われたら、折り返しで伝えます。そんなことにはならないと思いますが」
「分かった。他にも何らかのトラブルが起きた場合は、知らせてほしい」
田島さんとの話が終わると、俺は送受器を持ったままフックを押して通話を切り、そのままダイヤルを始めた。合宿で遊びほうけているとしたらやや早い時間帯かもしれないが、気にしてはいられない。
そして……電話はつながらなかった。
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