第29話 船と巣座島と十鶴館と

 呼び出し音はするのだが、出る気配が一向にないのだ。五分の間を開けて掛け直し、その上、呼び出し音が五十回を数えるまで待ってみたが、だめ。

 もうじき、田島さんと約束した十分が経ってしまう。仕方がないので十鶴館への電話をあきらめ、田島さん宅に掛けてみた。

「もしもし。松田です」

 先方は俺からの電話にちょっと驚いたようだった。何か面倒が起きたのかと思ったのだろう。俺はなるべく手短に、電話がつながらなかった旨を話す。

「呼び出し音がするのだから送受器が外れている訳ではない。五十回も呼び出して、出ないとなると全員館を留守にしているか、それ以外の理由で出るに出られない状況に陥っているか、だな」

 半ば独り言のように、田島さんが言う。

「松田君。私は十鶴館に向かうための手筈を整えようと思う。すぐさまという訳には行くまいが、何とか一両日中に」

「えっと、実際に行ってみるんですか? 藤君がほんとに行ったかどうか分からないのに」

「うん、電話が通じないのならやむを得ない。身内の消息を知りたいというのもあるけれども、事件の匂いがしてきたと記者としての直感が告げている。正確な所在地が分かったことだし、船の手配には金と時間が掛かるが、なあに、特ダネのためなら」

「……田島さん、他に何かネタを掴んでるんじゃあないですよね?」

 かまを掛けてみた。知り合ってまだ間がないけれども、田島という記者はそんな霞を掴むような根拠で動くようなタイプではない気がする。それこそ直感だが。

「ふうん。どうしてそう思うんだね?」

「船のチャーターを含めて現地までの交通費を自腹でというのは、尋常じゃありませんよね? 加えて、行くだけ行って何も起きていなかったら、どうするつもりなのかなって。無理矢理泊めてもらうんでしょうか。そんな真似したら、たとえ十鶴館を取材できても記事にできない恐れが強い。要するに外れだったとき、失う物がでかいってことです。田島さん、どこかの富豪の令息なんてことはなさそうだし」

「ははは。確かに金持ちでも何でもない。松田君はなかなか優秀だ」

「いえ、優秀だったら、合宿に参加できていたはず」

「ならば他の人達はもっと優秀なのかな。それはともかく、君の言った通り、他にもネタがある。昨日、君達と別れて一仕事終えたあと、うちの郵便受けに峰男君からの手紙があってね」

「あ、そうでしたか」

 俺や笠原さんに届いたのは葉書だったが、手紙というからには分量も多いはず。

「そこに書いてあったんだよ。峰男君が合宿に参加している人達にサプライズを仕掛けると」

「ええ? そんなことできるはずが……十鶴館に乗り込む手段がない」

「ああ、私もそこは不思議だ。手紙にもその手段についての言及はなかった。そりゃまあ、金さえ掛ければ船を出してもらえるかもしれないが、たとえそうしたとしても、どうやって十鶴館のみんなに気付かれずに上陸するかの問題がある。サプライズと称するからには、単にいきなり現れるだけではなく、館に着いてから誰にも見られないように行動するだろうからね。手紙でもそういう風なことを匂わせている」

「あれ? でも変だな。どうにかして館に辿り着いたとして、電話はどうしたんでしょう?」

「そうか、峰男君から君のところへ電話があったんだっけ。となると、やはり館に強引に泊めてもらって、電話も館のを使ったとなるか……」

「もしかして、電話が繋がらないのも、藤君のサプライズの一環だったりして」

「いや、それはどうかなあ? 参加しなかった君達まで驚かしてどうするんだっていう。下手をすれば、警察に通報されかねない。サプライズ――ドッキリを意図したのなら、そんなリスクは負うまい」

「言われてみれば」

 でも万が一、藤峰男が警察に通報されても構わないと考えていたら、言い換えると、本当に犯罪事件を起こすつもりだったなら、あり得るんじゃないか? と、こんなことまで考えた俺だったが、さすがに田島さんに伝える気にはならなかった。発想があまりにもミステリマニア的だ。

「仮に館に泊まっていないとしたら、必然的に野外で寝ざるを得ないとなりますが、藤君にそれが可能だと?」

「多分、可能だ。家族や親族一同で登山やキャンプに行ったことが複数回あって、峰男君は手慣れた様子だった。キャンプ道具、寝袋の類は購入して家に保管していたはず」

 そのキャンプ道具が現在、一部でも持ち出されていると確かめられたら、藤が巣座島の十鶴館周辺で密かにキャンプを張っている可能性は高まる。だがまあ、彼の家族が旅行中とあっては、確認のしようがない。

「ということは当面の問題は、電話をどうやって掛けたか、ですか」

「そうなる。まともに考えたらあり得ないんだから、そもそも峰男君は十鶴館には行っておらず、どこか別の場所から君の家に電話してきたと判断すべきなんだが」

「藤君は機械に詳しいんですかね」

「人並み以上には詳しいだろうな。手先も器用だしね。あ、推理研の部活でも話してるんじゃないかなあ? 推理小説に出て来る機械的なトリックで、試せそうな物があったらミニチュア版を作ってみて、たまにテストするんだって。作品名は忘れたが、あのトリックは実際には不可能だと思うって、得意満面に話を聞かされた覚えがある」

「じゃあ、その腕前で電話も何とかしたのか……」

 いや、無理な気がするけどなあ。電話線なしに掛けるとしたら、トランシーバーを用意して、さらに共犯者、いや協力者がいて、協力者の家にトランシーバーで連絡を取り、協力者の家から俺の家に電話を掛けてもらい、トランシーバーと電話をかみ合わせて会話できるようにする……ぐらいしか思い付かない。だが、俺が受けた藤からの電話はクリアに聞こえた。雑音は一切混じっていなかったため、トランシーバー説はあり得まい。

「電話を掛けるため、言い換えるとアリバイ作りのためにわざわざ巣座島を離れて、電話を掛けられる場所まで移動し、終わったらまた戻る――なんてことは現実的ですかね?」

「……無理だろうねえ。現実的かどうかを論ずる以前に」

 強めの否定に、俺はちょっと反発心を覚えた。

「ですが、藤君が何らかの手段を経て船を手に入れられたとしたら、自力で島を離れられるはず。間違いなく危険を伴うでしょうが、論外ってことはないのでは」

「……松田君。少し話の腰を折るが、いいかな」

「何ですか」

 返答をはぐらかされた気がした。俺は俺の声がつっけんどんな調子になるのを自覚した。

 対する田島さんの声は、あくまでも穏やかだった。ただし、それは口ぶりのみで、内容の方は俺の予想の斜め上を行っていた。

「話をしていて感じないでもなかったんだが、さっきので決定的になった。ひょっとして松田君、大きな勘違いをしているんじゃないかと」

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