第30話 一時休憩からの再調査
* *
「爆弾発言のようだが、少し落ち着こうか」
和但馬の“告発”のせいで、場の空気はいよいよ妙な具合になった。そこを救うかのように、加藤部長が提案した。
「時間的にも朝食を摂りたいところだが、さすがにのんびり作っている雰囲気ではなさそうだ。飲み物と軽く摘まめる物を用意して、仕切り直しとしよう。十分ぐらい休憩を取る。かまわないよな?」
反対する者はなく、めいめいが自身の分を用意するためにキッチンを出入りする。
「部長」
その最中、加藤に力沢が小声で話し掛けてきた。
「ちょっといいですか」
「いちいち断らなくてもいいよ。何かな」
「和但馬の話の詳細はまだ分からないけれども、嘘を言う様子はないです。副部長も最初っから認めている風な態度を取ってます」
「そうだね。それが?」
「俄然、副部長が怪しくなったってことですよ。実行犯は本人じゃなく、外にいる仲間を招き入れてやらせたのかもしれませんが、まったくの無関係とは考えられない」
「続けて」
促す加藤は、抜け目なく実光の行動をチェックしているようだった。仮に実光が一連の事件の犯人なら、証拠隠滅に動くかもしれない。開き直って、皆に毒を盛るなんてことはさすがになさそうだが。
「加藤さん達三年生の方々が、中谷の殺された現場を調べたんですよね?」
「ああ。ざっとだが」
「その際に、実光さんが何かしたってことは考えられませんか」
「何か、とは? 証拠隠滅なら、犯行時にできるだろう」
「何かは分かりません。都合の悪いことを隠すか、逆に誰かに罪を着せるために偽の証拠を仕込むとか……加藤さんや上岡さんの目をそらせる言動みたいなの、ありませんでした?」
「分からないよ。気付いたならその場で咎めている。実際にはそんなことなかった。気付かなかっただけかもしれないが、僕と上岡、二人の目をごまかすのは副部長でもなかなか至難の業だと思うね」
「さ、差し出がましいようですが、自分にも現場を見させてもらえませんか」
「……見れば、新たな発見ができる自信があると?」
「いえ、確言はしません。何て言うか、自分の目で見て、安心したいんです」
「ふむ。分かった。話し合いが終わったあとでいいかな」
「いえ、それでは遅いかもしれないじゃないですか。できれば今の休憩の間に」
「五分ちょっとしか残ってないぞ」
「五分あれば充分、てことはありませんが……とにかく一刻も早く見たいんですよ。実光さんが何か仕掛けたんじゃないかともうと、気になって気になって」
「しょうがないな。君だけ特別扱いするのもどうかと思ったんだが、まあ、子供じゃないんだし、他のみんなも見たくなれば言ってくるだろう。ただし、少なくとも誰か一人は同行する」
「もちろんです。加藤部長、お願いできますか」
「いいよ。ついでに、和但馬君からカメラを借りて、インスタント写真を撮る。ここは上岡に一旦任せるとしよう。休憩は五分延ばすことにする」
加藤はそう言い置くと力沢から離れ、上岡のところへ急いだ。話を済ませると、次いで和但馬に声を掛ける。しばしのやり取りのあと、二人揃って力沢のところへ来た。
「彼も見たいと希望したから、一緒でいいね?」
「当然です、否も応もありません」
「先輩、邪魔はしませんから。よろしくお願いします」
こうして三人で、中谷の部屋に向かった。途中、和但馬が自室からインスタントカメラを取ってくる際も、各自が決して一人になるようなことはないよう、注意を怠らない。
「念のため」
ほとんど独り言のようにつぶやき、加藤はノブを回そうとする。乾いた音が短くしただけで、当然ノブは回らない。預かっている鍵を使って解錠し、ドアを開ける。
「一応、注意しておこう。戻しそうになったら、部屋を飛び出てくれたまえ」
力沢、和但馬、加藤の順で入った。
中谷政美は寝台の上、仰向けに横たえられていた。その死に顔や扼殺痕を隠せるよう、大きめのタオルが掛けてある。
「最初に断っておく。遺体は少しだけ動かしてある。ベッドから足がはみ出ていてね、足裏が床に着きそうな感じだった。動かす前の状態は取ってあるから問題ないと判断した」
「そんな説明は後回しでいいんですよ、部長。時間が短いんだから、ちゃっちゃと見させてください」
力沢が早口で主張した。一方、和但馬はインスタントカメラを構え、押さえておくべきポイントはどこか、残りのフィルムと考え合わせている様子だ。
「止めてはいないさ。自由にすればいい。無論、死者の尊厳を傷つけるような行為には待ったを掛けさせてもらうが」
「先輩達がざっと視たというのはどのレベル? 中谷さんの遺体に触れて……?」
手つきを交えながら力沢。その仕種で察したらしい加藤は、まずかぶりを横に振った。
「服の下を視たかという意味なら、答はノーだ。僕らがそうすることで得られるかもしれない情報は、中谷君の尊厳を傷つけてまでする価値があるとは考えにくい」
「言いたいことは分かります。でも、自分が言っているのは遺体そのものではなく、何らかの痕跡を犯人が残した可能性を調べるべきじゃないかと。時間経過とともに消えてしまうものかもしれないし」
「ああ、その程度なら視たよ。何も発見できなかった。といっても実際にしたのは、実光副部長だけだが。――ひょっとして、和但馬君の証言を理由に、実光さんを疑っているのかい? そうなると彼女が中谷君の遺体をチェックして何もなかったというのも、怪しくなってくると?」
「現時点では、そう思わざるを得ません。ただ、実光さんがすぐにばれるような嘘をつくとも思えないんです。こうして他の者が調べ直して新発見があったら、言い逃れできない」
「理屈は分かるが、じゃあ、力沢君、君は何を調べたいんだ? まさかこの場で和但馬君の証言の続きを、先に聞き出そうって訳でもあるまい」
名前が出たせいだろう、中腰だった和但馬はカメラから顔を遠ざけ、加藤達に眼を向けた。
「喋れと言われたら喋るかもしれませんけど……やっぱり、当人のいないところでは言いたくない。単なる告げ口みたいになっちゃいます」
「誰も望んじゃねえよ、そんなもの」
ため息交じりに否定した力沢。笑い飛ばしたかった風にも見えるが、さすがに笑えなかったのかもしれない。咳払いをひとつして、改めて言う。
「こういうシチュエーションのミステリでよくある、生き残っている者達へのメッセージがあるんじゃないかと考えています。恐怖心を煽るなどの理由で、犯人が残す」
「ふ……む。数が書かれたあの丸い紙は、恐らく橋本夫妻が用意し、仕込んでおいた物に違いない。あれとは別に今度の事件の犯人が作ったメッセージが、どこかにある可能性か。そこまでは考えていなかったから、調べてはいない。だが、僕らへのメッセージなら普通、見付け易い場所に」
加藤の話の途中で力沢はタオルを慎重につまみ上げ、遺体の顔が見えるようにした。
「――あ、見てください、部長。中谷さんの口、何かを噛み締めているように見えませんか?」
「……言われてみればのレベルだが、確かに」
左頬がわずかながら不自然に膨らんでいるように見えなくもない。
「開けてみても?」
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