第18話 凶器検証

「ないとは言えんのやないかな。今日はこれから雨続きみたいやからどうか知らんけど、昨日の晩は腫れとった。多分、海もそれなりに穏やかやったやろ。小舟でも何とかなるんとちゃうか」

「ここらは内海だから、外洋ほど荒れてはいないんだろうが、大型船が通るコースが決まっていて、そういうのが起こす波の影響を小舟はもろに受けるんじゃないか?」

「犯罪をやろうという輩がそんな安全第一で行動するとは思えん」

「いやいや。警察の追っ手から常に逃げなければならない逃亡犯ではなく、一般人を想定しているんだろう? ならば天候が崩れることは予報で知っていたろうに、敢えてそんな日時を選ぶ意味がない」

「……雨で身を隠しやすくなるいうメリットはどや?」

「一長一短だろうね。雨でぬかるんだ地面に足跡が残る。なあ、上岡。あまりなさそうな状況設定をして、無理矢理外部犯をこしらえるのはどうかと思う。根本的な疑問を言おうか。この十鶴館はずーっと閉鎖されていて、空き家状態だった。金目の物があるとは、普通なら考えない。僕らが期間限定で使わせてもらうという話が、世間一般に漏れたとは思えない。つまり、何にもなく、誰もいない館を目指す犯罪者がいるか?ってこと」

「……なるほど。空き家そのものが目当てやとしたら、可能性が極めて低い逃亡犯か、お屋敷を夢見たホームレスぐらいになってまう。分かった。この件はここでしまいや」

 上岡が小さくお手上げのポーズをするのと同時に、ニュースも終わり、天気予報に入った。

「あ、上岡。ついでなんだが、大事な話がある」

 さあ料理の準備に取り掛かろうかというタイミングで、加藤が呼び止める。

「何?」

「森島君の部屋を開けてもらいたい。調べたいことがあるんだ」


 前日とは打って変わって、夕食の席は沈んだものとなった。笑いがないのはいう間でもなく、会話自体が少ないため、皿や箸、グラスのふれあうちょっとした音でもよく響き、マナーの範囲内に収まっている咀嚼音ですら、耳障りになりかねないほど。

 昨日の食事は食べ終わった者から食器類をキッチンに運び、自分で洗ったあとは、自由に行動していいことになっていた。対して今夜は、全員が食べ終わるのを待ち、使用した食器などを数名がまとめて洗い、その様子を数名で見守るという段階を踏んだ。ますます空気が重苦しくなるが、身を守るためにはやむを得ないとの判断が上回る。

「みんな、部屋に戻らずに残ってくれるか。ちょっと時間を借りたい」

 部長の加藤が要請すると、全員、反発することなく従い、着席する。そもそも皆が皆、自室に戻ろうとしていた訳ではなかった。というのも、女性陣を代表して実光がこう切り出したから。

「このあと、私達三人で検討会をするつもりなの。森島さんの死について。だから、事件に関係のないことであれば、手短にお願いするわ。それか、全員で検討会を開いてほしいくらい」

「全員で検討会というのは保証できないが、僕がする話は、事件に関係あるよ。曖昧なまま放置していた、凶器についてだ」

 立ち入り禁止の部屋を除き、全部屋と共同スペースを調べて、いくつかの凶器候補が見付かっていた。現在、それらはひとまとめにして、食堂の一角に置いてある。そこなら人目に付きやすく、あとから偽装工作をしようと手を出すのが難しいだろうという理由で。ただし、深夜帯を迎えたらどうとでもなるため、その前に何らかの結論を出さなければいけない。

「実は和但馬君と一緒に、あと上岡の協力も得て、ざっと調べておいた。遺体に残る痕跡と凶器候補それぞれの縄目を」

「え?」

 和但馬、上岡以外の部員の目が、二人へと注がれる。上岡は腕組みをしたまま微かに頷き、和但馬は恐縮したように頭を掻いた。

「いつの間に……というよりも、どうやって? 誰も持ち出せない状態でしょ?」

「写真だよ。和但馬君がインスタントカメラまで持って来てると知って、凶器候補を全部撮っておいた。森島君の遺体を収めた写真はインスタントじゃなかったから、彼女の部屋にまた入るしかない。それで鍵を預けた上岡に頼んで、彼立ち会いの下、照合を行った」

「機を見るに敏というか、仕事が早いわね。それで結果は?」

「写真は実物大とはいかないから、完璧ではないかもしれない。けれども、模様が一致する物はなかったと断言できる」

「そうなの?」

 言葉としてはそれだけだったが、実光の態度は調査結果を朗報と受け取ったことをしめしていた。表情を明るくし、両手の指先を胸の前で合わせている。

 他のメンバーも似たり寄ったりで、特に一年生女子二人と、力沢にその傾向が顕著だ。

「いい雰囲気のところへ水を差すかもしれないが、まだ万全とは言えない」

 加藤が冷静な声で告げる。

「犯人がすでに凶器を館の外に捨てた可能性だ。ただ、電話の大元のチェックをしたときなどを含め、それとなく見ていたが誰も怪しい行動は取っていないし、現に凶器らしき物は今のところ見付かってもいない。

 隙を見て海辺に行って流すという手口もあるが、足跡が残るわ、浜辺は館から見通せるわで、犯人も実行に移せなかったろう。

 他に考えられるとしたら、重しをつけて格子窓越しに、海へ向けて投げる。運がよければ格子の間をうまくすり抜け、海まで届くかもしれない。が、一度でも失敗したら派手な音を立てるか、海に届かず砂浜にぽとりと落ちるだけ。リスク大だから、この方法も採らないと思う。

 あとは、トイレに流すというのがなくはないが、実際にやったら恐らく詰まる」

 ここまで一気に喋り、全員を改めて見渡す。

「これら以外で、紐状の凶器の隠し場所や処分方法、思い付いた物があれば言って欲しい。ああ、トイレのタンクや流し台は見たから」

「燃やす?」

 柳沢が言いながら手を挙げた。

「材質によりけりだが、臭いが問題になりそうだな。燃えかすの処理も意外と面倒だろうし。着火道具は、喫煙者は言うまでもなく、そうでなくてもキッチンのコンロを使えば火を手に入れられるか。しかし今日一日を思い返してみて、単独で外に出た者はいないし、館内で単独行動を取るにしてもごく短時間に限られていた。燃やすのは難しいんじゃないか。今夜、みんなが寝静まっていこうなら可能性はあったかもしれないが」

「屋根に放り投げるっていうのはどうでしょうか」

 少し奇抜なアイディアを出したのは、多家良。

「凶器に犯人が自らの痕跡を残していない自信があり、かつ、凶器が手元から離れさえすればいいという考えでいるのなら、あり得ない話じゃないですよね?」

「ユニークな見方だね。うん、悪くない。だが厄介だな。暗くなった上に、雨がまだちょっと降っている。それでも今夜寝るまでに調べておきたい。条理スクするとき見えた感じだと、屋根そのものは平らだったよな」

 ぶつぶつ言いながら、加藤はメンバーの男性陣それぞれに視線を当てていく。

「よし。一緒に見に行ってくれる者の人選をしたい」

「ちょっと。本気で今から調べに行くの?」

 実光が驚き交じりの調子で言う。明らかに止めようとしていた。

「本気さ。夜が明けたら、可能性がぐんと広がってしまう。できるだけ潰しておきたいんだよ。まあ、安心してくれ。女性は選ばないから。僕も含めて男三人で見に行くのが妥当だと思う。二人が並んで屋根の上を見て回り、残る一人がその様子をじっと見張る形でいいだろう。雨合羽はなさそうだが、今の雨量なら我慢できる。差し当たっての問題は、屋根に通じる正規のルートがあるかどうか。なければ、二階の廊下奥の窓から、よじ登らなくちゃいけなくなるかもな」

「止めても聞いてくれそうにないわね」

「そういうこと。僕らが上にいる間は、実光さんが最年長者だ。皆を頼む」

 加藤はそれから屋上へ向かう二人として、上岡と力沢を選んだ。

「行ってくれるか」

「問題ない」

「任せてください。船酔いの失点を取り戻します」

 こうして屋上探索が決まり、残りの六人はロビーでひとかたまりになって待機する手筈となった。

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