第17話 防御策と希望と
* *
想像過多な推理合戦が行き詰まりを見せ、しばらくすると雰囲気に変化が生じた。過去の事件の謎解きにばかり集中してはいられない。現状、下手を打つと己の命が危険晒されるかもしれないのだ。
「とりあえず、あの丸い紙は昔に橋本夫妻が用意した物が残っていた、という解釈でいいと思う。だからといって、森島君の命を奪った奴が連続殺人を計画していないとは言い切れない。気を緩めないようにしよう。六日頑張ればいいんだ」
加藤の励ましに、メンバー全員がしっかりと頷き返した、ように見えたことだろう。
「食糧チェックに取り掛かろう。できることなら分配も含めて、日の沈まないうちに終わらせたい。小雨模様だから分かりづらいけどね」
「あ、始まる前に一応、僕からも言うておきたいことができた。みんな聞いてくれるか」
部長に続き、上岡が声を張った。了承の反応があったところで、上岡はインスタントの袋麺を取り上げた。館に用意されていた非常食の一つである。
「もしもこういう袋タイプの食糧に異変を見付けても、不用意に開けんといてほしい。何故か言うたら、僕が今回の合宿のために考えた毒殺のトリックを思わせるところがあるからや」
「毒殺トリック?」
一番近くで立って聞いていた加藤のみならず、ほとんどの者が聞き返していた。
「ざっくり言うとな、注射器を使って袋麺に致死性の高い毒を送り込み、針の穴を分からんよう熱でジュッとして塞いでやな、素知らぬ顔で商品棚に戻す。するとどうなる? その袋麺を、いずれ誰かが食べよう思って開けるやろうな。たいていは顔の近くで開けるやろ? そしたら袋を破いた途端にガスが流れ出て、一気に襲ってくる。効き目の早い毒なら、まず助からん、ちゅう次第や」
「……」
そのタイミングでたまたま袋麺を持っていた柳沢が、ぽいと投げ出す。
「まさか犯人が僕の犯人当てを盗み見て、トリックを借用したとは思わんけど、念のためな。偶然、同じ発想をせんとも限らんし。ま、要するに、チェックするいうんはそれくらい厳密にやってこそ意味がある、いうこっちゃね」
「熱で塞いだとしたら、目で見て分かるもんですか」
和但馬が尋ねる。上岡は袋麺の包装の、色の濃い部分を指差しながら答えた。
「模様次第いうか色次第。あと犯人の腕次第かな。黒っぽい色のところや小さい水玉模様のとこやと、見ただけやとまず分からん。実験したから間違いない」
「実際に試したんですか。じゃあ、見抜く方法も?」
「見るんやのうて、触る。これが一番。どこかしらに違和感あるわ」
上岡の“アドバイス”を受けて皆、作業の手がゆっくりになる。
「さて僕はレトルトのチェックでもしよかいな――うん? 何や部長?」
加藤部長に肩を触れられ、振り向く上岡。
「合宿中の犯人当て、中止すると決めてた訳ではないのだけれど」
「お、そうなんか? 袋麺のトリックはメインではないさかい、まだ使えんことはないぞ。けど、やっぱり無理やないか? 仮に犯人を特定し、拘束したとしても、そのあと残りのみんなでわいわい犯人当てできるか? 少なくとも僕は嫌やで。出題者としても居心地が悪うてかなわん」
考えを吐露し、チェックに戻る上岡。加藤部長もレトルト食品のチェックに加わり、上岡との会話を続ける。
「僕は、森島君を殺めた奴が捕まらないまま、空気が重くなってたまらない状態になったときに、リフレッシュの意味で君の犯人当てをやれないかと思っていたんだが」
「リフレッシュ、なるかいな?」
「何か別のことに集中するという意味では、悪くないだろう。手中できれば、だけどね」
こうして食糧のチェック及び仕分けは時間を掛けて行われ、何とか夕方の内に終わらせることができた。もちろん異常は一つも見付からなかった。
「私達で持ち込んだ食材を調理するときは、お互いに監視しながら作るの? それとも無駄にするつもりなのかしら」
分け合った食糧を各人が自室に運ぶ最中、副部長が部長に尋ねる。
「現時点で何も異常は見付かってないのだから当然、無駄にはしない。今日も作るとしよう。全員分を一斉に作ることになるはず、だよね?」
「私に聞かないで。女も男も関係なく料理すると、決めたでしょ。メニューは食材の保ち具合を考えつつ、その場ののりで」
「ああ、そうだった。とにかく全員分をまとめて調理するのであれば、犯人が毒殺を計画していても、おいそれと料理に毒を投入できやしないさ。反面、防御策としてできる手は打っておかないとな。万が一、ことが起きたら何の手掛かりもなく、いたずらに疑心暗鬼が募るばかりになる。それは避けたい」
「……そうなると、注意すべきは食べ物よりも飲み物、よね」
「そこまで言ったつもりはないが、まあ現実的に考えるとそうだろうね。個別のグラスを使うから、毒を比較的仕掛けやすい。大皿料理だって小皿に取り分けるが、グラスは液体が入っている分、毒が目立たない」
「みんなに注意喚起する?」
「いや。こんなことくらい分かってるだろうし、毒による犠牲者は出ていないからな。これだけ警戒して、もし毒による被害が出るようなら、厳しいことになる」
「それを言い出したら、二人目の犠牲者もまだよ。連続事件と決まった訳じゃあない」
「認める。現時点では、電話を壊されたというのが唯一にして最大の気懸かりだ」
加藤の言葉に、実光が小さく吐息したところで、食堂の方から声が上がった。
「部長、テレビつけていいっすか」
柳沢だ。日常では基本的に明るいタイプなのだが、ここへ来てから、いや、今日、事件が発覚してからは沈みがちであった。今の声は明るさを取り戻したようだったが、無理をしているのかもしれない。
「かまわない。僕に断る必要もないだろうに。しかしぼちぼち夕飯の準備に取り掛からないととな。昼、ろくに食べてないし、あまりだらだら見ていられては困る」
「いや、その、みんなで話してて、ニュースで何か参考になること言わないかなと」
「ニュース?」
「ほら、推理小説やミステリドラマでよくあるじゃないですか」
言い淀んだ柳沢から、多家良に代わる。
「凶悪犯が脱走して山中に逃げ込んだ、みたいな。ああいうことが起きてないかなと思ったんです」
「……外部犯の可能性か」
加藤のつぶやきに、他のメンバーは一様に頷く。仲間を疑いたくない気持ちはあって当たり前。施錠具合を確認した結果、外部の単独犯では館内への出入りが難しかったことはひとまず棚上げのようだ。
「どう思う?」
長テーブルの角を挟む形で座り、上岡から加藤へ問い掛ける。
「外部犯か。まず……凶悪犯が逃亡中なら、トップニュース扱いだろうに、ほら、その手のニュースはなかった。あるとしたら検問を回避したケチな前科者が、偶然の幸運によってたまたま逃げ果せている、みたいなものになるんじゃないかな。ローカルニュースの枠で放送される程度の。今、ローカルに切り替わったが、そこでも言わないということは、逃亡犯がいるにしても、遠く離れたどこかの町の話さ」
「逃亡に拘泥するんがおかしい。悪いことをしてやろうと思い付いた一般市民がここを目指して移動を始めたとしても、ニュースでは言わんやろ」
「なるほどね、なかなかレアな線で攻めてくるのかい。だったら地形を考えて見ろよ。現実的に考えて、凶悪犯だろうと何だろうと人間が山側に分け入るのは無理じゃないかな。上岡、君も写真で見たよな、落ちた吊り橋とか倒木や土砂で塞がれた山道とか」
「無論、覚えとる。あれらの難関を突破してここへ辿り着くんは、超人でもない限り無理や。僕が今ふと心配になったんは、海の方」
「海……船で来るってことか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます