第16話 意外なつながり

「何にせよ、入山藍吾とは連絡を取る方法がなく、どうしようもないんだ。住所も非公開だしなあ」

「え? でも仕事の依頼をしたい人はどうすれば。直接の打診は無理でも、新しくマネージャーになった人がいるんじゃあ?」

「いや。さっき言ったように、ここ数年は好きな物を建てるという方針を打ち出し、依頼されても断ると宣言している。少し前まで、昔依頼を受けて建てた物件のメンテナンス修理を求められたこともあったようだが、それらはすべて信頼の置ける業者に代わってもらったらしい。よって、マネージャー的存在も不要になった」

「ははあ、“天才”の他に“謎の”って頭に付けられそうですね。けど、田島さん」

 笠原さんはデザートの皿をあらかた片付け、お冷やの方を少し飲んだ。

「佐藤英子が死んだあと、しばらくはマネージャーが必要だったと思うんです。その辺の事情は、掴んでおられます?」

「目の付け所は悪くない。私も似たようなことを考えたよ。新たなるマネージャーの他、食事や身の回りの世話をする人を雇っていても不思議じゃないと踏んで」

 なるほど。建築のことしか考えていないような人種なら、食事を始めとする家事を本人がせっせとやるとはちょっと想像しがたい。

「結果はどうだったんでしょう?」

「完全に空振りではないにせよ、芳しくはなかった。マネージャーについてはその後雇っていない。佐藤英子が亡くなったあと、しばらく本人が見よう見まねでやってみて、どうにかなると判断したようだ。日常生活の面では、食事なんか現代では家庭料理や手作りに拘らなければどうとでもなるし、洗濯はクリーニングに出す。部屋の掃除だけは時折業者に頼んで人に来てもらっていたんだが、ほぼ毎回派遣される人が違っていて、入善と特段親しくなるということはなかったと分かってる。それでも念のため、その派遣された人達数名に入善の印象なんかを聞いてみたら、印象がばらばらなんだな。寡黙な人だった、よく話し掛けてくる明るい人だった、最初と最後に顔を合わせただけでほとんど会話しなかったという証言まであった。多分、仕事への没頭具合で対応に差が出たんだろう」

「――もしかして!」

 閃いた!とばかりに手にしたストローを上に向ける笠原さん。

「入善藍吾がその都度、入れ替わっていた!なんてことはありません?」

「ははは、さすがにそれはないね。写真を見せてから聞いたから。そもそも、入れ替わるメリットがあるのかな」

「メリット……別人がなりすまして、財産を奪う、とか」

「なりすましたあとも、建築に莫大な金を注ぎ込んでいることになるんだが」

「そっかあ、そうですよね」

 大胆な仮説、いや最早妄想と呼ぶでき代物だったが、あっさり引っ込める。

 田島記者はカツサンドを平らげ、指先をはたくと、テーブルの上にスペースを作った。

「さあて、ここまでネタを提供してきてあげたんだ。今度はこちらの希望を聞いてくれるかい?」

「できる範囲でかまわなければ。ね、松田君?」

「うん、ええ」

 主導権を笠原さんに握られて以降、どうも話に入りにくくなった気がする。まあ、このあとは何を聞かれようが素直に答えるだけだ。推理研として言ってはならないと口止めされていることなんてない。なので笠原さんが自由に喋っても何ら問題はない、はず。

「では早速。一発目は、差し当たっての最優先事項だと思われるのから行くとしよう。君らは知らないようだけど、入善藍吾の建てた館では、よく事件が起きているんだ。十鶴館の他にも、警察が出動する事態になったのが少なくとも三件、確認できている」

「へー!」

 笠原さんの反応。ワクワクという擬音が聞こえて来そう。

「まさかとは思うが、現在の十鶴館で事件や事故が起きていないか、簡単に知る術はないだろうか。たとえば、電話するとか」

「電話線が通っているとは聞きましたが、番号はどうだったかしら。聞いてる?」

 笠原さんに問われる前から、俺は手帳を探して自分の服のあちこちを触っていた。が、見付からない。置いてきたようだ。

「すみません、家に戻れば分かるんですが」

「番号は聞いてるんだね?」

「はい、部長の加藤という者から。何か緊急を要する事態が起きたときだけ、掛けるようにと。逆に向こうで何かトラブルがあったら、俺の家に電話がある手筈になってます。今日までそんな電話はなかったから、大丈夫だと思いますよ」

「ふうん、そうか。今のいきさつを聞いた感じだと、その電話番号、部外者の私に教えてくれるものなのかな?」

「えーっと? どうなんだろう」

 思わず笠原さんの方を向く。目が合った。番号を聞いていない彼女からしたら、あんたが勝手に判断したらいいでしょ、といったところかもしれない。

「何か理由付けできればいいんじゃないかと思いますけど、どうだろう……。たとえばですが、俺が電話をして、途中で代わるというのでは? 藤峰男の叔父として部長さん達に一言お礼を言いたい、とか何とか」

「ははっ、実の親ぐらいじゃなけりゃ苦しい気がする。まあ、そこら辺は後で考えるとしよう。番号が見付かってからだな。

 次、二つ目は、永源遙一先生が十鶴館を購入した理由を知りたい。君らは聞いている?」

「取材対象というか、過去の事件に興味を持ったからというのが大きかったみたいです。本気で解かれるつもりなのかは知りませんけど、いずれ作品に活かすんじゃないでしょうか」

「うーん、峰男君から聞いたのと同じ答だな」

「別の返答を期待されてたんですか」

「ん、まあな。……仕入れて間もない、ほやほやのネタがあるんだ。峰男君にさえ伝えていなかったんだが、知りたい?」

「そんな言い方されたら、当然知りたくなりますよ」

「話す代わりに、十鶴館の電話番号が分かったら、無条件で教えてくれ。頼む」

 声に合わせて拝んできた。大の大人にこういう態度を取られても、気にしない質だと自分のことを思っていたんだけれども、いざそうなってみるとちょっとぐらつく。おごってもらったし、田島記者に好感を持ったし、というのが原因かな。

「君から聞いたとは言わないから」

「いえ、そんな約束をされても、多分、加藤部長は僕にしか電話番号を口外してないと思うんで」

「なら、館の売買に関わった仲介業者から聞いたとでもしておこう」

「何でもいいです。悪用しないとさえ約束してもらえるなら、あとで教えます」

「お、ありがとう。助かるよ」

「それより、その新しいネタっていうのは何なんです? くだらない話じゃないでしょうね」

「決してくだらなくはない。永源遙一先生の弟子みたいな立場にいる、箕輪という男がいてね。船舶免許を持っていることから、十鶴館への行き帰りは箕輪の操る船だと思うんだ」

「それなら聞いてますよ。俺らは外れたからしかとは覚えてませんが、永源先生のアシスタントが船で送り迎えするって」

「やはりか。で、その箕輪は、かつて十鶴館で事件が起きたときに居合わせた関係者と、薄いながらもつながりがあると分かった」

「えっ」

「のちに殺害された船長、山本吾朗の息子、山本さとしと同じ学校で、かなり親しい友達だったんだ」

「そんなことはまったく聞いてません。初耳です」

 声につい、感嘆の響きがこもる。永源遙一先生も知らないことなのか、知っていて敢えて伏せたのか。何にせよ、プロの記者、恐るべし。

「何となく匂わないかな?」

「ええ、まあ」

 僕がまだ感嘆した心地に浸っていると、隣の笠原さんが「想像だけでいいのなら、色んな物語が描けそう」とまたも創作の話に結び付けようとするので、苦笑してしまった。

「これで分かったと思う。二つ目の質問に対する答として、私が期待していたのは、永源先生が箕輪の立場を知り、箕輪と山本悟のために十鶴館を購入してやったんじゃないかってね」

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