第15話 記者との情報交換
「ちょ、ちょっと待ってください。あの、申し訳ないんですが、俺ら合宿に参加できなかったメンバーは、十鶴館の事件とやらについて、ほとんど知らないんです。今日、藤君からの葉書が届いて、やっとその片鱗を知ったくらいですから」
「峰男君から葉書が。やはり、そうか。私の知っていることを彼に話したあと、同じ部のみんなに知らせると言ってたんだ」
「そうだったんですね。田島さんが情報源だったと」
「うーん、より重要なネタは、私じゃなく兄が教えたに違いないんだがね。ほんと、刑事のくせして、子供に甘いんだから」
藤の二つの強力な情報元は、田島記者とその兄の刑事だったか。うん? 待てよ。田島記者が藤の叔父、つまり藤の父母いずれかの弟、もしくは父母いずれかの妹の旦那。その兄ってことは、もしかすると藤の父親こそが刑事? 今し方、「子供に甘い」って言ったし。
「あ、あの、藤君のお父さんがその刑事さんなのですか……?」
「え? いや、違う。勘違いさせるような話し方をして済まなかった。私から見て長兄、三人兄弟の一番上が刑事で、峰男君のお父さんは次兄だよ。かなり歳の差が開いていて、老いの峰男君が孫のように思えるのかもしれない」
なるほど、理解した。頭の中で、家系図を修正する。
「くそ、思い掛けず長話になってるな。用件は、最終日に迎えに行くという船に乗せてもらいたいんだ。前の持ち主はずっと取材を拒んでおられて、どうしようもなかった。所有者が代わったことは知っていたが、人気作家が相手となると気軽には打診すらできない。ほら、新聞社も作家先生とは良好な関係を持ちたいから。自分は辞めた人間だが、古巣に不利益になるような真似はしたくない。そうしてにっちもさっちも行かなくなったときに、甥の峰男君が所属する推理研の合宿話を知ってね。とっかかりにしたいと思い付いた訳」
「お話は分かりましたが、藤君に頼めばよかったのでは」
「それがドジな話で。語るも恥ずかしいが、先にあいつ――峰男君が何の説明もなしに、十鶴館の事件に関して何か知ってることない?って聞いてきて、妙な巡り合わせだなと思いつつ、知ってることをいくつか教えてやったんだ。知りたがる理由をそのとき聞かなかったのが大失敗。後日、峰男君のお母さんから事の次第を教えてもらったの。もう、悔しくて地団駄踏んじゃったよ。その後、峰男君ところは両親も家族旅行に出ちゃうし、連絡が取れなくなって。仕方がないと言ったら失礼になるが、君達推理研の子らに声を掛けさせてもらった」
「ははあ」
一応、納得はした。けど、何か変なような……と、俺が小首を傾げたそのとき、玄関ドアが急に開いた。結構勢いがよくて、金属製の縁が俺の肘をかすめ、ヒヤッとする。
「うぉ?」
「まだ終わらない? 退屈してきたから、一緒に聞きたいんだけれど」
笠原さんだった。
自宅で事件話をするのも気が引ける、特に母親が耳をそばだてているかもしれないと思うと落ち着かない。そんな理由付けをして、俺と笠原さん、そして田島記者は場所を移すことになった。中古のセダンに乗せてもらい、ファミリーレストランに行く。日頃あまり足の向かない、自宅から遠い方の店だ。
「幸か不幸か、今の懐具合は暖かい」
入店前に田島記者が切り出した。そしてお願いされた。
「だが、今後何に金が入り用になってくるか分からないので、そう贅沢な使い方もしたくない。なので、一品だけにしてくれ」
いや、こっちからおごってと頼んだのではないし、一品でもおごってもらえるのは大変ありがたい。これに加えて、早くもざっくばらんな口調になった田島記者に、俺は好感を持った。物に釣られただけ、というのでは断じてない。俺ら、大学生なんだし。
昼食を摂って間がなかったこともあり、俺と笠原さんは二人してデザートセットを注文した。田島記者は多少迷って、アイスコーヒーとカツサンドを頼んでいた。
注文した品が届くまでの時間を利して、十鶴館に関する事件を、噂話を含めて田島記者から教わる。
「――とまあ、近年になって、幽霊話まで出て来たが眉唾もんだな。新たな買い手が見付かったから、必要な改修を施したんだろう。ちょっと暗くなってからも作業を続けたら、誰もいないはずの館に火の玉が見えた!ってな他愛もない目撃譚になり、尾ひれがついたってところだろう」
「幽霊どうこうはいいとして」
アイスを切り崩しながら、笠原さんが言った。田島記者の話が終わる少し前に、オーダーはすべて届いていた。
「田島さんがメインで追い掛けているのは、どれですか?」
「メイン、ね。そう言われると事件ではなく、人物になる」
カツサンドの一つを半分ほど囓って、手に持ったまま答えてくれた。
「人物? 関係者の中で取材したくなるほどの有名人となったら、まさか永源遙一?」
大先輩をペンネームとは言え呼び捨てにする笠原さん。礼を失しているのではなく、普段から永源遙一作品を愛読するが故の親しみの現れ、と言っておこう。
「うん、永源先生にも関心はあるよ。インタビューしてみたい。だけど本命は別にいる。建築家の入善藍吾氏だ」
「あ、そっち。確かに気になります、天才建築家って。推理小説でもよくあるんですよね。一風変わった屋敷を登場させたいとき、便利な存在っていうか」
「笠原さん、現実と小説をごっちゃにしすぎ……」
一応、つっこみを入れておく。笠原さんは平然として「でも、会ってみたくない? 現実にいる天才建築家に」と宣った。はいはい。
「もちろん、入善の建てた館の数々にも興味関心はあるが、差し当たって一番に解明したいのは、女性マネージャーの死について、どう思っているのか、だ」
田島記者の言葉で遅まきながら意識する。十鶴館で夫妻とともに亡くなった女性マネージャー。今し方聞いた話の限りでは、千鶴の死に何らかの形で関与したのではと、否応なしに想像してしまう。一体この人物はどんな女性で、天才建築家とのつながりはビジネス上だけだったのか違うのか。仮に千鶴の死に関与しているとして、いかなる動機があったのか。そこの入善藍吾の意思は関係していたのか等々、疑問が次から次へと浮かんでくる。
「女性マネージャーについて、分かっていることはないんですか」
「うーん、たとえるとしたら、完成までまだ先の長いジグソーパズル、かな。ところどころ欠けている。それも重要なピースがないんだ。たとえば名前。
「そんな怪しげな人を、入善藍吾は雇ったんですか? どんないきさつで……」
「そこも詳しくは分からない。またまた噂レベルになるが、どこかの美大出身で卒業後にどういう伝を辿ったのか、入善に売り込んだなんて話もある。確実なのは、今から遡れば二十五年ほど前、入善が世に知られ始めた頃、入善のサポートをするようになった。と言っても建築の手伝いではなく、対外面、宣伝・売り込みに力を注いだ。その時点で二十代半ばと見られていたから、正しいとして、亡くなったときは三十代後半ぐらいか」
「あの、入善藍吾の歳は?」
「今年で六十を迎えるはずだから……女性マネージャーよりおおよそ十、上だったと思う」
「男女の関係とか……あ、入善藍吾って男性ですよね?」
「うん、男だね。佐藤英子を名乗る女と男女の関係にあったかどうかは分からない。無責任な噂ならいくらでもあるが、確証ゼロ。私感では、ないなと思ってる。と言うのも入善は建築のことしか興味ないんじゃないかってぐらいに、人付き合いが悪くて、色恋沙汰も一切聞こえてこない有様なんだよ。現在も独身で、多分、子供もいない。莫大な財産があると言われているが、近年は入善自身が建てたい建物をどんどん作っているそうだから、彼が天寿全うする頃にはびた一文残らない、いや残さないつもりなのかもしれない」
「へえ」
うらやましいのと呆れるのとで、やや間抜けな息を漏らす俺。一方、横に座る笠原さんは、同じくうらやましそうにしつつも、「どうせ建てるなら、ミステリに出て来そうな奇妙なお屋敷をいっぱい作ってほしいな」なんて言い出した。キャンパスで会うときは部活がほとんどだったから気にならなかったけれども、この人、日常とミステリを切り離さないタイプなんだなと感じる。いや、嫌いじゃないけど。
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