第14話 副部長からの疑問 + 不参加組への訪問者

「私から、いい?」

 次に手を挙げたのは実光。加藤は黙って首肯し、先を促す。

「二つ、ううん、三つほど疑問がなくはないのよね。一つ目、十年以上前に仕込まれた紙にしては、劣化があまり見られない、きれいと言ってもいい状態なのが気になるわ」

「紙が上質紙であることに加えて、まったくの想像になるが、マットレスとその下のベッドの材質が、紙を湿気などから守るのに適していたんじゃないかな。ちょうどクリアファイルで挟んだような状態になったんだと思う。うん、さっきはなるべく触らないようにしていたから気付かなかったけれども、この紙は表面がコートされているみたいだしね」

 加藤は自身の部屋で見付かった6の数字が入った丸紙を撫でつつ、感想を述べる。他の何名かも真似をして、合点が行ったようだった。

「じゃあ二つ目。森島さんの部屋のベッドにはこの紙がなくて、遺体を見付けたときに中谷さんの手元に転がってきた。これはどう説明を付けるの?」

「そうだね、また想像になるが、森島君はいち早くこの紙を見付けていたんじゃないかな。その段階では当然事件なんて起きてないのだから、騒ぎ立てたり僕らに報告したりもしなかった。もっと言えば――この丸い紙は、推理研の合宿イベントとして予め用意された物であり、思いも掛けず始まる前に見付けてしまった――と彼女は解釈したんだと思う。他の者に先んじて見付けたことは誇らしいだろうから、わざわざ元の場所に戻そうとはせず、取っておいたんだろう。その後……殺害されてしまい、開け放たれた窓からの風が丸い紙を転がした、という見方がしっくり来る」

「興味深い考察だわ。数字1の丸紙に、森島さんの指紋がついていれば確実ね。今は無理でも、後日調べて確かめられる。うん、納得した。それじゃ最後の疑問。加藤君の想定した橋本夫妻の行動は、実際に起きたこととは大きく食い違っている。整合性がないまま、放置しておくのかしら」

「痛いところを突かれたな」

 微苦笑を浮かべ、、片手で頭を抱える仕種をする加藤。組んでいた足を入れ替えて組み直し、時間を取った。

「これまで以上に想像を逞しくすることになるが、勘弁願おう。紙を各部屋に仕込んだあとになって、橋本夫妻の計画は中止ないしは延期を余儀なくされた。いやもしかすると計画を実行に移す必要がなくなったとも考えられる。何にせよ、紙を回収する余裕はなく、そのままにされた。で……計画が止まった理由だが……千鶴嬢を死なせた犯人を突き止めることができた、としか考えられないんだよ」

「それやったら、その前提で過程を積み重ねればええ。そうせえへん理由は何や」

 上岡が怪訝そうに眉根を寄せる。

「夫妻が死ぬ理由が見当たらないから、だよ。千鶴の死の約一年後に館で死んだ三人の内、少なくとも橋本夫妻は自ら命を絶ったんじゃないかと僕は想像している。真相を完全に解き明かし、犯人への復讐を果たしたならまだしも、中途半端な気がしてね」

「ん? その想像に乗っかるとしたら、犯人は女性マネージャーになるんやろな?」

「そう。結果だけを見て逆算した、完全なる想像、妄想だがね」

「犯人たる女性マネージャーの命を奪い、千鶴嬢のかたきを取ったことにはならんのか」

「思い出してほしい、女性マネージャーにはアリバイがあったことを。千鶴が死んだ頃、クルーザー内にいたというアリバイをどうやって崩したのか」

「そんなもん、簡単やろ。妄想推理でかまわんのやったら、誰でも思い付く答がある。アリバイの証人である船長が嘘をついとった。それだけや」

「無論、僕も思い付いた。このアリバイ崩しで当たりだったとして、橋本夫妻は船長を許すだろうか?」

「ああ、なるほどな」

「実行犯ではないのかもしれない。だが、嘘のアリバイ証言をして犯人を容疑圏外に運び去ったのであれば、れっきとした共犯者だ。橋本夫妻が復讐を遂げて自殺を選ぶとしても、船長を見逃すとは思えない」

「ううむ……」

 上岡の唸りはじきに消えて、黙り込む。何人かの唾を飲む音や衣擦れの音がしたあと、食堂に静寂が降りた。


             *           *


「……だめか。つながんねえ」

 どうせなら一年生の藤も呼べないかと、電話を掛けてみた。彼も俺と同じ自宅通学だから当然家にだ。少なくとも家族の誰かが出るだろうと思っていたんだが、完全に不在らしく、三度掛けて三度とも駄目だった。留守番電話機能がついているタイプではないため、伝言もできない。ま、学生に限らず、世間的にも夏休みの季節だ。家族揃って遠出していてもちっともおかしくない。

「気まぐれに、部室に行ってたむろしている、なんてことはないわよね」

 俺の家にやって来た笠原さんが、念のためにという風に言ってきた。

「ないだろうなぁ。スケジュールが空いているにもかかわらず、ゲームに敗れて合宿に参加できなかったのは俺達三人だけ。用事のある他のメンバーが部室にいるはずなく、藤が一人で部室にいるとも考えにくい」

「お。何だかちょっと探偵チックな推理だね。格好いいかも」

「お褒めの言葉、どーも。仮に部室にいたとしたって、連絡の取りようがないんだからどうしようもない」

「だよね。――葉書、もう一回見せて」

「何度でも」

 見ていいよと葉書を放ったのと同時に、玄関の呼び鈴が鳴った。家族は、母親が在宅しているので、応対は任せる。家事か何かで手が離せない場合は、俺にお呼びが掛かるだろう。

 それから母が玄関で短くやり取りする気配がしたかと思うと、不意に途切れて足音が俺の部屋に近付いてくるのが分かった。年頃の息子のことを慮ってくれているのか、俺の部屋のドアを勝手に開けはしない。ドア越しに声が届いた。

未来みくる、あんたと同じ部の知り合いって人が来てるわよ」

「は? 同じ部の知り合いって、部員じゃないってことか?」

 意味が飲み込めず、腰を上げ、ドアを開けた。

「ええ、多分。大人の男の人。えっと、みね君、じゃなくて藤君の親戚だそうよ」

 母は俺の友達の顔は覚える癖に、名前は時折間違える。

「藤の……」

「どうかしたかい?」

「いや、たまたま話題にしてたところだったから。それに親戚の男の人って、もしかして警察官か記者だったり……?」

「あら、何で分かるの。名刺もらったわよ。信じてもらうために、藤君と一緒に映っている写真までわざわざ用意するくらいだから、よほどの用事じゃないのかしらね」

「分かった。会うよ」

 俺は母がもらった名刺を受け取ると、ちょっとだけ考え、部屋にいる笠原さんに向けて言った。

「聞こえていたと思うけど、とりあえず俺一人で会うわ」

「そうだね。ここに来たってことは、目的は松田君でしょうから」

 それから玄関へ向かうまでの間に、名刺の名前を確認した。田島芳樹たじまよしきとあった。引っ掛かったのは、肩書きに新聞社名が見当たらないこと。「事件記者」とあり、脇に“ルポライター”と仮名が振られている。

 玄関の見えるところまで来たが、姿はない。外で待っているようだ。俺はダッシュし、ノブを掴むとそろりと扉を開けた。

「あ、君が松田未来君?」

 寄りかかっていた身体を壁から起こし、にっ、と微笑んでくる。なかなか人なつっこい笑顔だ。身長は俺より頭半分ほど高く、一八〇センチ超か。太っているようには見えないが、筋肉質という訳でもなさそうだ。火を着けていない煙草を弄んでいたらしく、素早い動作で仕舞った。

 こっちが「そうです」と応じると、「よかった、会えた。私はこういう――」と名刺を出そうとするので、断った。最初に確かめておきたいことがある。

「あなた、田島さんは、母が頂いた名刺によりますと事件記者さんだそうですが、藤君の親戚の記者さんは新聞記者だと聞いています。これって?」

「ちょっと前まで新聞社勤めだった。あの子、峰男君にもきちんと伝えたんだが、説明が面倒くさいからと新聞記者で通すよと言われてね」

「ははん」

「それに、現在も新聞社にネタを買い取ってもらっているから、あながち嘘でもない、だろう?」

 いや、嘘は嘘だと思ったが、口にはしなかった。

「ご用件は? ここの住所は藤君が推理研の部員名簿を持っているから、たどれなくはないでしょうけど」

「突然やって来た、悪かった。手短に用件を話すんで、興味が持てない、協力したくないというのであれば断ってくれていい。他を当たるから」

「拝聴しましょう。でも、外で構わないんですか」

「上がり込みたいところだが、それだと頼みをどうしても聞いてもらいたくなっちまう。己にブレーキを掛けるために、ここで手短にって訳」

「分かりました。どうぞ」

「君らB大推理研の今夏の合宿先が、十鶴館になったと聞いた。私は今年になって十鶴館で過去に起きた諸々を小耳に挟み、興味を持った。私の仮説では、十鶴館は設計変更を経て両親が娘の復讐のために犯人を殺すために建てられた、殺人装置だと思う」

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