第13話 謎の紙を置いたのは
「じゃあ……」と手を挙げたのは、和但馬。
「質問とか疑問とはちょっと違うんですが」
「何だい?」
「夜、睡眠についてです。推理小説の中での話を持ち出すのは適切なのかどうか分かりませんが、こういう場合、皆でひとかたまりになって眠る方が安全じゃないかという考え方がよく出ますよね? そういう点も含めて、眠るときの話が今なかったので」
「なるほど。僕個人の考えを言えば、各人が鍵を持っており、夜は誰が来ようと何を言われようと鍵を開けないと強い意志を持っていれば安全を保てる。だから一緒になって睡眠を摂る必要はない、だな」
「そうですか」
「冷徹なようだけれども、今みたいな状況にあって、仲のよい友達が来たからほいほいとドアを開けて招き入れ、その結果殺されたとしても、油断する被害者が愚かというほかないと思うんだよ。自業自得とまでは言わないが。己の身を守るのは結局己自身てことさ」
「基本的には同意見です。よかった。ただ……全員が部長みたいに意志が強く、冷静な判断を貫き通せるとは限りませんよね。だから、僕、この場を借りて言わせてもらいます」
和但馬は部長から視線を外すと、みんなをぐるっと見回した。
「固い意思を持ったつもりが挫けて、夜中に親友を招き入れるような事態になったとき、ちょっとだけ踏みとどまって、夜の訪問者に対してこ提案するんです。『もう一人、呼ばない?』って。これに反対して、どうしても二人きりでと言うようなら、そいつは殺人犯かもしれません」
抑揚を付け、芝居がかった態度で述べたためか、小さくではあるけれども笑いを誘った。悪くない対策法だという評価も得る。
「でもなあ、二人きりでと、意中の相手から言われたら、簡単に許してしまいそうだ」
王子谷がぼそりと言って、また笑いを誘う。
「では、合宿中は恋愛禁止としよう」
加藤がそう締め括り、休憩を兼ねた話し合いは終わった。外では、小雨がぽつ、ぽつ、と降り始めた。
凶器他の探索と食糧チェック、どちらを優先するかについては、論を待たずに前者となった。
まずは客室から。男性の部屋を調べるのは男、女性の部屋を調べるのは女。なおかつ、三人一組で互いに見て回ることとなった。ちなみに組み分けは、「実光、多家良、中谷」「加藤、柳沢、和但馬」「上岡、力沢、王子谷」。男の方は三人の学年が重ならないようにして、あとはジャンケンで決められた。
凶器に関しては、候補となり得るロープ状の物がいくつか見付かった。各人が荷物を持ち込むために使った自前のナップサックやリュックの一部に、紐状の物がついている製品があったのだ。それを抜き取って、絞殺に使えないことはないと言えた。元の状態に戻すのが手間だが、時間は一晩あれば充分足りる。
凶器以上に紛糾、そして混乱をもたらしたのが、鶴のデザインが入った丸い紙だった。なんと、すべての部屋から見付かったのである。それも同じ場所、ベッドマットの下から。
最初に見付かった時点では、「まさか、君か?」「そちらこそ探すふりをして仕込んだんじゃあ?」と不穏な気配が高まった。しかし次から次へと各部屋で一枚ずつ、しかも数字違いの丸紙が見付かるに至り、困惑が勝るようになる。
本来なら各部屋の調べが済んだあとは、共同で使う場所を当たる予定であったが、一旦中止とし、九人全員が食堂に集まった。
「もしかして、犯人は既に襲う順番を決めていて、昨日の内に隙を見ては紙を置いていった……?」
柳沢が切り出した。自分の発言が恐ろしかったのか、身震いをする様が大げさに見えた。
「お言葉になりますけど、それにしては、隠し方が微妙だったと感じましたよ」
多家良が穏やかに反論する。
「仮に犯人が仕込んだとして、何のために? こうしてみんなで捜索されたときの対策なのかもしれませんが、それなら一箇所にまとめて隠してもいいと思うんです。その方が、その部屋の人に疑いを掛けられますし」
「そうよね。可能性は低そうだけど犯行予告なら、事前に目にとまらないとそれこそ無意味だし。犯行後に紙をベッドの下から取り出すつもりなら、ちょっと間抜けね。一刻も早く現場を去りたいでしょうに、マットを持ち上げる分、余計な時間を要してしまう」
同意を示し、続けて疑問を列挙したのは実光。
「加藤君、どう思う?」
「分からない。番号に意味があるのかと思って、書いてみたんだが」
手元の館内図をぐるりと回し、皆から見易いようにする加藤。各個室に、この度の捜索で出て来た丸紙の数字を書き込んであった(漢数字は部屋番号)。
一階 一.王子谷:10 二.実光:9
二階 三.上岡:8 五.和但馬:7 六.加藤:6 七.柳沢:5
八.多家良:4 十.力沢:3 十一.中谷:2 十二.森島
「そして森島君が1になる。こうして見ると、二階の奥の部屋から順番に若い数を振っている。それが何なんだと言われたらそれまでだ」
「順番、関係あると思います?」
そう言う力沢自身は特に仮説が浮かぶことはないようで、しきりに首を捻っている。
「部屋割りは、トランプを使ったくじで決めたんやったな」
上岡が和但馬を見ながら言った。突然名前を出されたせいか、和但馬は片手を胸に当て、「え、ええ」とどぎまぎしつつ答える。
「丸紙が仕込まれたんが、部屋割りが決まる前か、決まったあとかで違ってくる……んかな?」
上岡も確たる仮説はないらしく、探り探りになっている。
「あの~、部屋を離れるときは必ず鍵を掛けていたと自信を持って言える人、います?」
王子谷の設問には、女子全員と加藤部長が挙手をした。
「最初に設備のチェックがてら、軽く掃除したときも、個室のドアは施錠された状態だったんですよね、部長?」
「ああ。――そうか。となると、全部屋に丸紙を仕込むのは、誰にもできないということに。僕が鍵の束を受け取り、部屋割りが決まるまでの短い間にすべての鍵の型を粘土で取り、密かに持ち込んだ合鍵作成機で合鍵を作ることができるようなら、話は別だが」
いささか自虐的に過ぎる加藤の物言いに、二年生以下の部員はぽかんとした。
「加藤、こんなときに冗談はやめーや」
上岡がたしなめる。
「みんな冗談だと分かると思ったんだが、分かりにくかったのなら謝るよ。ともかく、だ。これではっきりしたな。丸紙を置いたのが何者なのか」
「え? さっき、誰にもできないって言いませんでした?」
力沢が椅子から腰を浮かせて、目を丸くしている。普段であればもっと頭の切れるタイプなのに、合宿に入ってからは調子を落としているのは明らかだった。船酔いに見舞われ、同学年の女子を亡くすという目に遭えば、やむを得ないのかもしれない。
「言ったさ。推理研の誰にもできない、という意味でね」
「は? ますます分からないんですが……島には我々しかいないっていうのに」
「……。そうだな、僕が話してもいいんだが、他の人が分かっているのか心配になってきた。えーっと、王子谷君。説明できるかい?」
「はあ、多分」
部長の指名を受け、王子谷は椅子に座り直した。
「ほんと、多分なんですが、加藤部長は、元からこの丸い紙が全個室に仕込まれていたとお考えなんです、よね?」
「そう、ご名答だよ。続けて、力沢君に分かるように」
「想像するに、紙を仕込んだのは橋本夫妻です。娘の千鶴さんを死なせた人物を追い詰めるためか、それとも容疑者全員を殺すつもりだったのか。一番穏当なのは、真相を突き止めるために関係者を集めて脅し、犯人が尻尾を出すのを待つ、ぐらいになるかなと」
推理を語るにつれ、饒舌になっていく王子谷。普段のぼそぼそ声はどこへやら。
そんな後輩の様子に、加藤は目を細めた。
「うん、合ってる。僕の見解と重なってるよ。力沢君は納得できただろうか?」
「言われてみれば確かに……そう考えるのが妥当だなと」
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