第12話 犯行予告?
「本当なのか、中谷君」
加藤部長のややきつめの問い掛けに、中谷は肩をびくりとさせてから、大きくしかし静かに頷いた。
「だが、僕の記憶では、あの場面で君は室内に入っていなかったように見えた。実光副部長、どういうことだ?」
「私も、彼女がそんな物を拾っていたなんて、知らなかったわ。ね、中谷さん。どうして私や部長には言わずに、多家良さんにだけ打ち明けたの?」
優しげな口ぶりの実光。実際、表情も穏やかではあるのだが、普段に比べると動揺している風に見えなくもない。まさか後輩に出し抜かれる?とは想像すらしていなかった、だからかもしれない。
「待った待った。待ちぃな、お二人さん」
上岡が割って入る。
「質問の中身が性急やないか。それより先に聞かなあかんこと、あるやろ」
そうして上岡は、中谷に向けて尋ねた。
「なあ、中谷さん。あの紙はどうやって手に入ったん? 君は森島さんの部屋に入ったのかどうかも含めて、分かり易う話してくれへんか」
「……部屋には入ってません。それは実光先輩も見ていたと思います」
ようやくまともに受け答えを始めた中谷。どこかほっとした空気が、食堂全体に流れた。
「そうね。森島さんの異変を目の当たりにして驚いてしまっていたけれども、中谷さんが入っていないのは確かよ。ずっと私の後ろにいたと思う」
「そうです。私、驚いて怖くて、しゃがみ込んでいたら、実光さんの足元を抜けるようにして、あの紙が飛んできたんです。転がってきたという方が相応しいかもしれません」
「それはつまり、森島君の部屋の中から転がってきたと?」
「多分……。風が吹いていました」
森島は窓の格子に括り付けられたシーツで、首を吊ったように見える状態だった。当然、窓は開いていた。
「手にした過程は分かった。それで? 多家良さんにだけ話したのは?」
「……見た瞬間、犯人によるメッセージじゃないかって思えてしまって。ここ十鶴館は、千鶴という女性が死んだいわく付きの場所。首の折れた鶴。そして1という数。『最初の犠牲者だ、このあとも殺人は続くぞ』という犯人の犯行予告に思えたんです」
「ふむ……そういう解釈をするのは、僕もミステリマニアだし、理解できるよ。しかし、僕らに言ってくれなかった理由にはつながらないような?」
「だって!」
中谷が急に声を張った。が、それは冒頭だけで、次の言葉からはまた元の音量に戻っていた。
「だって、そこにあるマークを用意しようと思ったら、十鶴館の事件について知っている必要があるじゃないですか。それも昨日よりも前に。知っているのは加藤部長、それと他の三年生の皆さんもある程度ご存知のはず。ひょっとしたら二年生の方にも話を伝えてあるかもしれない。だったら、同じ一年生なら、私が聞いていないのだから、他の一年生部員も同じだろうって。だから、その中で女子の多家良さんにだけ、伝えたんです」
「なるほど、な」
加藤は額に片手を当て、参ったなというポーズ。実光は形のいい唇を噛み締め、どう反応していいのか迷っている様子が見て取れた。上岡もまた困惑の色を覗かせつつも、「何はともあれ、よう話してくれた。ありがとう」と中谷をねぎらう。
「そっと打ち明けられた私は、でも、半信半疑でした」
場の停滞を嫌うかのように、多家良が口を開く。
「が、成り行きを見ていると、加藤先輩を始め皆さん、連続殺人を想定している風に感じられて、怖くなってきたというのが素直な気持ちです。でも黙っていてもどうしようもありません。だから直接疑問をぶつけてみようって」
「うん、事情は把握した。連続殺人を示唆する紙が消えたのに、さも連続殺人が起きると予想しているような僕の振る舞いに、警戒心を抱くのは無理からぬことだと思う。ひょっとしたら犯人が、連続殺人の示唆する紙が消えたから、強引に連続殺人になるように持って行こうとしていると見えたかもしれないね」
「そこまでは言いませんけど……とにかく、混乱してます、今も」
「そうか。さあて、どうすればいいのかな。僕が口で『誤解だ』と言うだけでは説得力がないだろうな。――中谷君は体調、大丈夫なのかい? これから僕が説明するのを聞いていられる?」
「平気だと思います」
意外としっかりした返答の中谷。実際に三年生らとやり取りをした結果、信頼感が復活しつつあるのかもしれない。
「よかった。ではまあ、反論になるかどうか分からないが、やってみるとしよう。十鶴館とその事件に関して、詳しく知っているのは僕だけ、もしくは僕ら三年生に限られると言うが、果たしてそうだろうか。もちろん、僕は事件についてある程度詳細に伺った。その内容を、ここに来るまで誰にも話していない。副部長と上岡が承知していたのは、十鶴館の外観や館内図と、巣座島に建っているということぐらいだ。
これに対して、君達一年生及び二年生には、十鶴館という建物の名前だけを伝えていたよね? 中には過去にどんな出来事があったのか調べようとした者もいるかもしれないが、その努力は徒労に終わったと思う。当時を知る記者か警察関係者でなければ、分からないんだ」
「加藤部長、それ、反論になっていませんが。逆に、部長が怪しく見えかねない……」
「うん、分かってる。もうちょっとだけ聞いてほしい。今言ったように、警察関係者や記者なら、知り得る可能性がある訳だ。そして君達が承知しているかどうか知らないが、今年入った一年生部員に、凄い情報網を持っている奴がいるんだ」
「えっ?」
多家良と中谷は目を見開き、一年生の男子二人にその目をやった。
疑いを掛けられたと感じ取ったのだろう、王子谷は黙ったまま首を左右にし、和但馬は「違う。ていうか知らない」と否定するのが精一杯。
「彼らじゃないさ。残念ながら“落選”の憂き目に遭い、合宿には不参加になったが、藤峰男君は親戚に警察官と、新聞記者だか雑誌記者だかがいるそうだ。藤君が頼み込めば、あるいは十鶴館の事件についてそこそこ情報を掴める可能性がある。いや、情報を掴んだとしよう。藤君が情報を他の推理研メンバーに教えなかったとは言い切れまい。こんな異常な状況になった今じゃ、たとえ聞いていたとしても知らないと言うだろうがね」
「……」
「どうだろう? 少しは信用してくれたかな。それとも、『そんな親戚がいるという話そのものが本当かどうか分からず、怪しい』となるのかな」
「いえ。藤君の親戚に警察官や記者がいるという話は、私も聞いています」
多家良が述べ、中谷が頷く。
「おや、そうだったのかい?」
「他の学年は知りませんが、私達一年生は学生食堂で一緒になることが時々あって、いつだったか、割とあと……六月に入っていたと思います。ふと思い出したみたいな調子で、『知り合いに警察とマスコミがいるのって、探偵としてスペック高いと言えるかな?』なんて言い出して」
「その話、疑わずに信じたんだ?」
「はい。さすがに警察官の方は無理でしたが、記者さんの署名記事と名刺を突き合わせて。いくら何でもそんなことで嘘を吐くために、小道具を用意する手間は掛けないでしょう」
「そういう経緯があったのか。ま、一応の説得材料にはなったはずだね。あとは行動で示すほかないだろうな。みんなも聞いてほしい。二つの提案がある」
「事後対策、ということ?」
実光の問い掛けに、加藤は顎を小さく縦に振った。
「まず、殺人犯対策だ。凶器と紙の捜索をしたい。森島君殺害に使われたロープ状の何かと、連続殺人を示唆するこの丸い紙だ。連続殺人なら、ほぼ真ん中に記されている数字が2、3、4……となっている物も用意しておく必要がある、犯人なら、それをどこかに隠し持っているはずだからね。尤も、犯人がよほどの愚者でない限り、凶器も紙も手元に置いておくはずないが、まあ、犯人に対する牽制及び次なる犯行を抑制する効果を狙ったものと考えてくれ。
もう一つは、ここでの生活についてだ。何もしなくてもあと六日経てば、迎えが来てくれる。悪天候に見舞われたとしても、数日だろう。飲料を含めた食糧は、非常食もあるから分量的には特に節約しなくても足りるはず。ただし、犯人が食糧に何かを仕掛けている、あるいはこれから仕掛けてくる可能性はゼロとは言えない。そこでだ、これからすぐ、食糧のチェックを行いたい。最低でも三人の眼でチェックし、異常なしと確認できた物だけを口にするとしよう。それから、常温保存が利き、分けられる物は、さっさと分けてしまおうと思う。こういう状況下では、わずかでも人が手を加えた料理を口にするのは嫌だっていう者も当然出るはずだし、調理過程を完全に見張るのもなかなか骨の折れる作業だ。今の内に、安全な食糧を公平に分けておけば、多少は手間を省けるって訳さ」
喋り終えると加藤は缶コーヒーの残りを飲み干した。
「質問、疑問のある向きは遠慮なく」
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