第8話 不参加組
和但馬が小さな声でぽつりと呟く。その発言は、意外なほどよく響いた。静かな間がしばしできたが、加藤がそれを破る。
「面白い発想だ。千鶴の死を冒涜する輩は許さない、という訳だ。うん、どうやらひとネタ早くもできたんじゃないか」
「真面目な話」
と、和但馬の発言を引き継ぐ形で、多家良が考え考え、しゃべり出す。
「そういう死の仕掛けが施されているって、ないとは言い切れないんじゃないですか。だってほら、十鶴館を設計したのは天才建築家の入善藍吾。しかも、千鶴の死のあと、両親の希望により変更が加えられているって」
「いいね。確かに、館の内部を徹底的に調査した記録はないし、入善藍吾が事情聴取を受けたとも聞かない。事件化していないからかな。これはおいそれと変なスイッチを押さないように気を付けるべきかもしれない。どこにどんな仕掛けがされているのやら」
「加藤先輩、冗談きついっす!」
止めていた息を一気に吐き出すような調子で、柳沢が言った。
「そんな仕掛けがあったとして、何で橋本夫婦が死んでるんです? 問題のガス管は仕掛けとは別で、ほんとに単なる事故だったと?」
「……ふむ。一理ある疑問だね。三部屋にのみ敷設されたガス管が、仕掛けとは無縁とは考えづらい。ということは、逆かもしれないな」
「逆?」
「おっと、これ以上はまだ言わないよ。大勢で推理を楽しもうじゃないか」
両腕を広げ、皆に呼び掛ける加藤。半数以上はこの状況を楽しんでいるようではあった。
そんな中、上岡が肩をすくめると、わざとらしく嘆いた。
「やれやれ。こんなんでは、用意しておいた犯人当てはお蔵入りかもしれんなあ」
* *
「暇」
電話の向こうから、かわいらしい声に不機嫌な口調でそう言われ、笑ってしまった。
最前、自宅郵便受けから持って来た葉書や封筒を一つずつちらちら見つつ、同意を示す。
「俺もだ」
彼女と俺は、B大推理研始まって以来の豪華?合宿からこぼれ落ちてしまった仲だ。
俺は
「今頃、どうしてるんだろ、実光さん達」
合宿は二日目に入っていた。
「予定通りだとしたら、犯人当ての朗読が終わったくらいか。担当する上岡先輩が自信ありげにふふんとほくそ笑んでいたから、かなりの難問だろうよ」
例年なら初日の夜に問題編を朗読し、二日目の夜までに各人は推理を書いて提出。最終日の朝に正解編発表という段取りだが、今回は一週間あるので、推理時間に余裕がある。
「上岡さんが書くのは難しすぎるきらいがあるよね? 犯人当てと言っても、当たりすぎるではしらけるのはもちろんのこと、難しすぎてもつまんない」
「いないからってそういう難癖は……。一応、フェアだからなあ。地方ネタ、特に俺らが知らない関西のネタを手掛かりにするのは戦略としてありだろ。それに上岡さんの書く犯人当てくらいの難易度が、七日間の合宿にはちょうどいいかもしれない」
「あとで私達も挑戦させてもらおう。ね?」
「帰ってきてからな。分かった」
会話に気を取られ、郵便物の簡易チェックが止まっていた。再開させるか否か、迷う。
「それにしてもほんと暇~。何かない? 普通に遊びに行くのもいいけど、できればミステリに絡めた何か」
「それはデートの誘いと受け取ってOK?」
こりゃ郵便物チェックは放置だ。
「うーん、二人きりじゃなくてもいいとも思ってるのよね。私達と同じようにあぶれた、かわいそうな後輩一名を誘って」
「むう、確かに」
二人きりじゃないのかよと落胆を覚えたのも束の間、笠原さんの言うことも尤もだとうなずけた。
と、そのとき視界に入ったのは、その後輩の名前。右手に持つ郵便物の一つ、葉書の差出人だ。
「ちょうどそいつから暑中見舞いかな、葉書が来てたよ」
「え、そいつって誰」
「だから後輩。
「私も郵便受け、覗いてこようかな。松田んとこに出して、私に出さないってのはないわよね?」
「知らんよ。女子には遠慮するかもしれない。配達されるのが同じタイミングとも限らないし」
話ながら、後輩からの葉書の文章に視線をざっと走らせる。と、気になる単語がいくつかあった。そのため、笠原さんへの応対が徐々に生返事と化す。
「――ちょっと? 聞いてる?」
「あ、聞いてなかった。ごめん」
「これから怒ろうって言うのに、あっさり謝るなぁ!」
「葉書の内容に気を取られちまった」
「同学年の女子よりも後輩の男子の方が気になるって?」
「……笠原さん、まさか酔っ払ってないよな? 藤の奴、合宿不参加になったあと、十鶴館の事件に関して、必死になって調べまくったらしい。その成果を俺に知らせるために葉書を寄越したようなんだ」
「十鶴館って、部長がちょっとだけ言っていたあの? 私も気になったから知りたかったけれども、調べようにも全然手掛かりがなくて、すぐにあきらめたわよ」
「安心していい、笠原さんの調査能力が劣っている訳じゃなさそうだ。藤は親戚に恵まれている」
「はい?」
「刑事と新聞記者がいるんだとさ」
「何それ、ずるいっ。ていうより、素人探偵として理想的じゃない?」
「はは、かもな。だけど、藤の奴も勿体ないことしたな。早めにその人脈をアピールしていれば、合宿参加メンバーに無条件で入れたかもしれないのに」
「言われてみれば、ほんと勿体ない。けど、一年生だとそこまで気が回らなかったか、もしくは思い付いても実行には移せなかったとかじゃない?」
「どっちにしろ、時すでに遅し、だな。まじであいつを誘って三人でどこか行くか。ミステリのイベントを今から探して」
「ちょ、ちょい待ち。話を次に移さないでよ。先に葉書の内容を教えてくれないの?」
「あ、忘れてた。笠原さん
「ん? え? 話が唐突で驚きどころが分からないんですけど」
そりゃそうだよな、と素直に同意できる。俺らは漠然と、十鶴館とやらで人が死ぬような事件が過去に起きていたとしか教えてもらってないんだから。
「とりあえず、過去の事件・事故の際に、現場にいた人がえっと、九年前に亡くなっていると。
「ふうん? 推理小説の登場人物的には、脇役のポジションだけど、実は重要人物だったって感じ?」
「笠原さん……分かり易いたとえだけど、マニア内だけでとどめておこうな」
「分かってるわよ。それで、その船員? 船長殺しは解決してるの、してないの?」
「未解決」
「そうなってくると、十鶴館の事件は今も続いているのかも――あ!」
急に大声を上げられて、俺は思わず送受器を耳から遠ざけた。距離を元に戻しながら、「ど、どうしたの。何か気付いたとか?」と尋ねると、滅茶苦茶早口で返事が。
「電話代! 知らない内にこんなに経ってた! 後で行くから家で待つように!」
そして通話終了。
俺は送受器を黒電話のフックに戻すと、少し考え、部屋の整理整頓を始めることにした。どうせ来てもすぐに出掛けるんだろうけど、念のため。
* *
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