第42話 警戒心の強い被害者

「ご名答です。包丁を渡すだけなら、部屋が二階であっても、窓から下に落とせば、地面に突き刺さるだろうから、藤君はそれを回収すれば済む。だが、殺害となると無理だ。

 あの一号室に入った者なら誰であろうと殺すつもりだった、なんていう乱暴なロジックは成り立ちません。凶器を持って来させるためには、一号室の主と通じていなければならないのだから。参加者全員とそれぞれ約束を交わし、犯行後も秘密を守らせるというのは実質不可能でしょう。特に一年生部員ではね。学年が上ならまだ、わずかながら可能性があるが。

 ここで、部屋選びで一号室を選択するよう王子谷君に仕向けることは可能だったかどうか、検討をしてみましょう。その場に居合わせた訳ではないし、僕は推理研の部員でもないから、多分に想像を交えることになると前置きしておきますよ。さて、部屋選びのコントロールとなると、どうしても和但馬さんと実光さんに注目せざるを得ない。

 まず、確認しておくべきは、部屋を選ぶ順番だ。最後に選ぶというか、選ぶ権利がなかったのは、部屋割りの順番決めを主導した和但馬さん。彼以外のメンバーで一番手になったのが実光さんで、これは和但馬さんと組んで当初から決まっていた。最後になったのは王子谷君だが、果たしてこれが偶然なのか? 思うにこれもまた和但馬さんがコントロールした結果じゃないか? 和但馬さんが実光さんについてはみんなの前で白状したのに、王子谷君の順番までコントロールしたことを打ち明けなかったのは、殺人に関わる行いだと事後に知ったから、言い出せなかったのかな。

 ともかく、一番に部屋を選ぶのは実光さん、最後に選ぶのは王子谷君で決まっていたと仮定し、論を進めさせてもらいますよ。

 実光さんが真っ先に二号室を選んだあと、他の者が一号室を選ばないよう、実光さんと和但馬君は会話を通じて巧みに誘導したのではないか。聞くところによると、実光さんは部員以外からは推理研のクイーンと呼ばれており、付き合いたいと思っている男子学生が結構いたようですね」

「そのクイーンは、エラリー・クイーンの名前に掛けているだけで、女王様という意味ではないはずです」

「いや、逆だと思いますよ。エラリー・クイーンに擬していると見せ掛けて、実は女王様と崇め奉っている。それはさておき、高嶺の花的存在の実光さんに、並みの男子がおいそれとアプローチするのは腰が引けるんじゃないかと思う。下手に好意を露わにして、すげなく拒まれたら目も当てられない。ましてや同じ推理研に所属しているとなれば、なおさらだ。気まずくてたまらない。そういう雰囲気が醸成されていたら、男子は簡単には一号室を選べない。だから主にコントロールすべきは、女子部員だ。きっと実光さんの隣になりたいという子もいただろうけど、もし一号室を選びそうになったら、実光さんが少々嫌がる素振りを示せばいい。何せ、合宿に参加した女子の中で最上級生で憧れの的、さらには副部長でもあるのだから。

 実際にはそこまで露骨な態度を取らずとも、思惑通りに行ったみたいですね。結果、王子谷君に番が回ったとき、一号室と四号室が残っていた。あとは和但馬さんが前もって、一号室がいいという風なことを言っていれば、王子谷君も一号室にしたくなると踏んでいたんじゃないかな。同じ一年生として、和但馬さんは王子谷君のキャラクターをよく把握していたようですから。万が一、王子谷君が和但馬さんの言葉で遠慮して、一号室を譲った場合は、二日目の午後にでも部屋の交換を頼めばいい。理由は何とでもなる。ミステリのことで口論になって、顔を頻繁に合わせるのを避けたい気分だとかどうとか言って」

「分かりました。要は、私が藤君の犯行に加担していたと仰りたい、そうですよね?」

 私――実光――は、抑えた口調で言った。我が事ながら、無理に冷静さを保とうと努めているように聞こえた。

 問われた探偵は、軽く頷く。先ほどから飲み物に口を付けていない。

「どちらが主で、どちらが従かは分からないですがね」

「ではお聞きします。最初に、凶器について。そこまで仰るからには、凶器の包丁は、私が藤君に渡したとお考えなのでしょうか?」

「まあそういう見込みになります。王子谷君は臆病で警戒心が強いようだから、仮に事前にサプライズ計画を知らされて、包丁を持ってきてと頼まれていたとしても、森島さんの事件が起きた時点で妙な雰囲気を感じ、協力を拒む可能性が高そうです。なので、王子谷君はサプライズについては何も知らず、ただ犠牲になったんだと想像しています」

「私が凶器を用意し、藤君に調達したのなら、包丁の柄に付いた王子谷君の指紋はどうなるのでしょう?」

「包丁に触れさせる機会ぐらい、いくらでもあったと思う。料理の準備は、女性陣が主導的に行ったとみたいですが、男性陣だって全然手伝わないという訳はありますまい。一年生ならなおのこと」

「でしたら、王子谷君をうまく刺せるでしょうか? 推理研の間でも議論になりました、森島さんが亡くなったという状況下で、窓の外から声を掛けられ、そこに合宿に来ていないはずの藤君が立っていたら、ううん、たとえ合宿参加者の誰かであろうと立っていれば、怖がりでなくても最大限に警戒するもんだろう、と」

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