第43話 隠されていたつながり
「そこは王子谷君に、安心感を与えてやればクリアできる」
「安心感、ですか。どのような?」
「『森島さんを殺したのが誰なのか、もう分かっている』と伝えれば、効果あるだろうね。当然ながら、それ相応の説得力や証拠が必要とされる」
「確かにそうかもしれません。でも、現実的じゃない。あの時点で、確かな証拠なんて」
「果たしてそうでしょうか? ここにも一つ、引っ掛かっていることがある。力沢の用意したメッセージ、その最初の分です。あれの行方はどうなったんだろう? 力沢自身は中谷さんが拾った物と思い込んでいたが、違っていた」
「……」
「中谷さんが拾ったと力沢が思い込んだ理由は何か。実光さんとともに森島さんの部屋に行き、彼女の遺体を見付けた上に、丸い紙を拾ったと証言したからだ。そして実際は、拾ったのが中谷さんでなく、どこかに吹き飛ばされたのでもなければ、あり得そうな答はあと一つ。実光さん、あなたがメッセージを拾った」
「証拠がないわ」
返答がいささか被せ気味になってしまった。それに常々、ミステリを読んでいて「証拠がない」なんて言うのは真犯人だけだと思っていたのに。
「心理的な証拠ならありますよ」
「どういう意味でしょう?」
「実光さんは二日目の夜、和但馬君の手を借りて、外に出ましたよね」
「それが? 犯行の証拠には何ら結び付かない」
「違う違う。僕らが今論じ合っているのは、力沢の残した最初のメッセージを拾ったのが、あなたである心理的証拠だというのを忘れないでください。
二日目の夜と言えばどんな状況だったか、思い出してみてくれます? 森島さんが殺されてまだ間がなく、また、力沢自身が怪しい人影のようなものを館の外に見たと証言していた。普通の人なら、そんな状況下で外に出ようとするだろうか? たとえ外の人と会う約束をしていたとしても。
だが、実光さんは外に出た。殺人者に襲われるかもしれないというリスクを負ってまで、出なければならなかったとは考えられない。さらに言えば、藤峰男君を密かに来させていたのなら、彼の安全を考えるのが当然じゃありませんか? サプライズ計画をあきらめ、藤君を館に招き入れるのが採るべき選択。違います?」
「それは……目撃された人影イコール藤君だと思っていたから……」
苦しい言い訳だと分かっていたけれども、とにかく抗弁しなければと、口にしてしまった。
「だとしても、森島さんを殺害した人物がどこかにいるんですよ? 並みの神経では、のこのこと夜の暗がりに足を踏み入れようとは思いません。そんな振る舞いは愚行ですよ。なのに、実光さんはその愚行をやった。今日会ってみて、そんな愚か者じゃないと改めて確信したのですが、当時は非日常的な合宿で浮かれていたとでも?
実光さん、あなたは早々に察していたんだ。森島さんの部屋で拾ったメッセージを読み解き、森島さんを殺したのは力沢だと。犯人の力沢が館にいるのだから、外に出ることに何ら躊躇しなかった。むしろ外の方が安全だとすら思えたかもしれない」
「……」
「その沈黙は、どう受け取ればいいのやら。とりあえず、話を続けると――メッセージを拾っていたあなたは、王子谷君を安心させる材料を手にしていたと言える。メッセージの内容を根拠に、森島さん殺害の犯人は力沢だと言えば、王子谷君は信じたでしょうね。尤も、厳密を期すなら、王子谷君はそのメッセージが本当に森島さん殺害の現場にあった物なのか、それとも実光さんが用意した物なのかは判断できないはずだから、ある程度は言葉巧みに言いくるめる必要はあったかもしれない」
そこまでは思慮していなかったし、必要なかった。心中で思い返す。あのとき、王子谷は簡単に信じた。本当にあの子は怖がりらしくて、安心できる何かに縋りたかったのだと思う。不安の極地のような心理にあるとき、そこへ垂らされた一本の糸が、真相へと導く宝に見えていたんじゃないかしら。
いや。
今、頭脳を使うべきはそんなことじゃあない。この探偵の指摘にどう対処するか、だ。
たとえ見苦しく映ろうとも、否定するべき? 物的証拠はないと言い通せば、どうにかなるかもしれない。
反面、そんな苦し紛れの反論は、美しくない。私がミステリを読んでいるとき、尤も軽蔑するタイプの犯人像だった。
「仮に」
私は態度表明の先延ばしを選んだ。
「仮に、地天馬さんの推測が的を射ていたとして、そのあとの経緯はどのようにお考えなのかしら? それに、王子谷君を亡き者にする動機が私にあるのでしょうか」
「動機については、分かったとは申しません。見当が付いたという表現でも、過言になってしまう。ただ、これじゃないかという僕にとって都合のいい想像なら、できています」
「念のため、伺いましょうか」
「新入部員の歓迎会を催した居酒屋で、同じ日、同じ時間帯に事故が起きていますね? あなた方と同じように歓迎会を行っていた、別の大学のグループで、一年生女子が救急搬送されている。当時流行っていたが危険性も指摘され始めていた、一気飲みによる急性アルコール中毒の類だったとかで、その女性はお亡くなりになっています。王子谷君は後日、一気飲みのような行いに対して、オブラートに包むことなく嫌悪する物言いをしたんじゃありませんか? そしてその矛先は、グループのリーダーに向けられた」
「知って、いるんですね?」
探偵の話運びから、察した。この人は、把握した上で喋っている。
「気を悪くされたのなら、謝ります。ただ、確証がなかったのは事実なので」
「……彼女は私と同じ高校で、クラスが同じだったこともあるんです。互いに親友と呼べる存在でした」
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