第44話 生真面目故の決め付け
相手が既に掴んでいるであろうことを、敢えて自ら声に出して説明した。
「新歓のときは広い店の中、テーブルが離れていたため、彼女達のグループがいたことは知らなかった。あとで、一年生の子が亡くなった件が報じられて、知った。折を見て、電話を掛けてみたら、無理をして、から元気を出しているのが分かった。けれども口では大丈夫と言うし、彼女も部長を務めるくらいなのだから、前より強くなったんだと思って、深くは踏み込まないで終わった。それなのに」
あの歓迎会から二ヶ月足らずあと。雨がしとしとと長く降った日の翌朝だった。新聞の片隅に彼女が自殺したという小さな記事が載った。新入部員にアルコール飲料を強要し、一気飲みまでさせて死に至らしめた、そのグループの部長として、非難を浴び続けた末のこととされた。
彼女の死後の報道によれば、亡くなった一年生の両親は、未成年の我が子に酒を強要したのは部長ではなく、OBとして顔を出していた一流企業の社員だと理解しており、部長である彼女を責めてはいなかったという。そんな大事なこと、なぜもっと早く公にしてくれなかったのか。
そのOBは、一年生が倒れたときには席を外しており、大ごとになる雰囲気を感じてさっさと店をあとにしたらしい。グループの後輩達は先輩に気を遣ったか、あるいは悪く言えなかったのか、OBの存在について口をつぐみ、いなかったことにした。しかし個室で歓迎会をしていたならいざ知らず、他のお客からも見えていたのだ。現実の警察は、ミステリに出て来る名探偵の引き立て役のような抜けた組織ではない。程なくしてOBの存在を掴み、事情聴取を重ねていた。その後、刑事責任がどうなったかは知らない。遺族とは示談の方向で話が進められていたと聞いた。そして天網恢々疎にして漏らさずとはよく言ったもので、OBは大怪我を負って入院した。通勤途中、駅の階段を踏み外して結構な段数を転げ落ちたためだ。私自身、休講が重なり、急遽できた時間を利用して、OBの動向を探ってやろうと尾行していたときだった。つまり、私は憎むべき男が重傷を負うところを目の当たりにする幸運に恵まれたのだ。
親友を失ったことに関して、私の持って行きようのなかった怒りは、OBの重傷とその様子を目撃することによってどうにか折り合いが付いた、はずだった。
いつだったか、正確な日時は忘れた。覚えていないのは、冷静でいられなくなりそうなところを無理矢理冷静でいようとしたせいだと理解している。部室にあった古新聞を片付けていた王子谷が、親友の自殺を報じた記事を見付けたのだ。そして王子谷は記憶力がよいらしくて、その記事にあった名前と大学名を、一気飲み死亡事件と結び付けて覚えていた。王子谷はひとしきり、四月の一件を改めてまくし立てるように喋ると、そのリーダーが死んだことについて、「自業自得、天罰てき面です」と言ったのだ。よく知らないくせに、知ろうともしなかったくせに。
「――実光さん? 大丈夫ですか」
探偵の声に、上岡君の関西弁が少し被って聞こえた。急に黙り込んだのを心配したのだろうか。頷き、もう少し待ってくれるように返事した。
……一度の過ちを理由に、命を奪おうとまでは思わない。私は分かってもらうために、「実際は誰が本当の責任者か、裏があるかもしれないわよ。身体の大きな男の学生だっていたみたいだし」と、調べてみるように促したつもりだった。けれども王子谷は、「いいえ、どんな背景があろうと、部長とかリーダーとかの肩書きがある人の責任だと思います。そこを曖昧にしては、何のための肩書きだとなりかねない」などと言って譲らなかった。
よほど事実を教えようかと思った。そうしなかったのは、王子谷の理屈では、どんな事情があろうとも最終的に責任を負うべきはリーダーであると、繰り返し主張されるのが見えたから。
あとになって思い返してみると、あのとき事実を伝えずに飲み込んだことが、私自身の精神に暗い影を落とした気がする。端的に表現するなら、我慢できなくなったのだ。彼を、王子谷晴彦をこのまま許してはいけない、と。
「私が親友を亡くし、ショックを受けたのは認めます。けれども王子谷君が、あの一気飲み死亡事故について、どう思って何を言っていたかまでは、私の関知するところでは……」
「そうですか? これでも多少は調査したんですが。たとえば上岡さんも証言をされました。先ほど述べたような主旨の発言を、王子谷君がしていたと」
「悪いな。嘘はつかれへん」
「上岡君」
彼も当然、探偵の側に立っている。今さらながらはっきりした。いや、多分、上岡君は純粋に嘘をつくのが嫌だっただけなんだろう。昔からそうだった。関西人としてお笑いの洗礼を受けているでしょうに、意味のないいたずら、いたずらのためのいたずらには簡単に引っ掛かったし、割と真剣に腹を立てていた。嘘をつくのもつかれるのも苦手なのだ、多分。
「そういう背景があると確認できたので、客観的に動機はあると認定されるでしょう。あなたは王子谷君殺害を計画し、合宿に参加したと仮定してもいいですね?」
「いいも何も、私は少し前に言いました。地天馬さんの想像ではどんな犯行模様が描かれているのかを聞くつもりです」
「そうでしたね。――実光さんから森島さん殺害の犯人はもう分かっていると知らされた王子谷君は、安心を得るとともに、疑問を抱いたかもしれない。何故、みんなに『力沢が犯人である可能性が高い』と言わないのかと。どうでした?」
「誘導尋問」
凄く分かり易い罠に、つい苦笑してしまった。探偵もまた苦笑らしきものを口元に浮かべ、特に言葉にすることなく話を続ける。
「まあ、疑問を持たれても、たいした問題ではなかった。『船を早く呼ぶ手段がないのだから、力沢を早く捕らえても、見張りの労力や気まずさから心身共に疲弊するだけ。彼が犯人と分かっていれば、いくらでも対処のしようがある。まさか皆殺しを考えているとも思えないし、恐らく森島さんの死はアクシデントの結果。なるべく騒がずに最終日までやり過ごすのが吉』とでも言って、丸め込んだ」
違う。声には出せないけれども、実際は違った。
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