第45話 偶然は裁く

 確かに王子谷は疑問を持った。私はそれを払拭するために、「みんなにも伝えているわ。力沢君に気付かれぬよう、一人ずつ、機会を捉えて」と告げたのだ。それだけで納得した。

 地天馬探偵の言った説明だと、力沢が犯人だと知らない他の部員が危険にさらされる可能性に思い至り、王子谷が皆に触れて回るかもしれない。

 と、こういう穴のある推論を話して聞かせたのは、探偵が私を油断させるためだろうか。目の前で推理を語る人物の底が知れない。

「それから実光さんは、王子谷君にサプライズ計画についても打ち明けたはず。無論、藤君が密かに来ていることも。そうですね、こんな感じかな。『事件が起きたからサプライズを中止し、藤君には万が一に備えて近くで待機してもらうことにした。ただ、予定が違ってきたから、藤君の食糧や飲料水が足りない。今夜遅くに訪ねてくるから、窓越しに渡してあげて』」

「……それだと、王子谷君はまた疑問を持ちかねないわ」

 ずっと聞く一方ではかえっておかしいかともと考え、私はちょっと意見してみることにした。

「『実光さんがすればいいんじゃないですか?』とね」

「うーん、そこは『藤君の存在を明かしたのは、王子谷君だけ。藤君には王子谷君が完全に味方になったと確証を持ってもらう必要がある。その意味でもあなたから渡してあげて』といった具合じゃないでしょうか」

「……なるほどね」

 当たっている。細かな表現は異なるけれども。やっぱり、油断ならない探偵だ。

「そうして受け渡す約束が成立し、王子谷君は深夜、窓の外から誰かやって来ても、恐れることなく窓を開ける心理状態ができあがった。

 それで、ここからが難しい。実光さんと藤君のどちらが実行犯なのか? 藤君には王子谷君の命を奪ってやろうとまで思うほどの動機は確認できなかったので、そもそも実光さんの真の計画を知らされていなかった可能性が充分ある。万が一にも、合宿参加から弾かれたことで他の一年生に対して変な恨み辛みを持っていたのだとしたら、藤君が実行犯というのもあり得るが、ここは常識的な判断を採ります。実光さんが殺した。まず、前もって手に入れておいた刺身包丁を、二号室の窓から外にそっと落とす。ああ、返り血を防ぐための何かも、一緒に落としたでしょう。それから和但馬君を抱き込むことで廊下奥の窓から外に出たあと、包丁を拾って、一号室の窓の前に立つ。窓ガラスを軽く叩き、王子谷君に顔を出せて襲った。王子谷君は、藤君ではなくあなたが現れたことに驚いたかもしれないが、すでに信用してるから騒ぎ立てることなく、素直に、無防備に従った。

 そのあとは、さらに難しい。そう、包丁が藤君の手に渡った経緯についてです。想像に想像を重ねるほかないので、非常に厳しい。それでもいいのなら、もう少し話を続けさせてもらいます」

「続けてください。聞きたいわ」

 地天馬探偵の想像――推理は、ここまでほぼ当たっている。私と藤峰男が協力関係に至る詳しい経緯が抜けているが、大筋では外れていない。きっと、最前の穴のある説明も、わざとに違いない。

「ありがとうございます。では……大まかに言って、二つの説を思い浮かべています。一つは、血を拭った包丁を、あなたが藤君に持たせた。『今、十鶴館では森島さんが亡くなって、大変なことになっている。殺人者が外をうろついているかもしれない。護身用にこれ、持っていて』なんて風に言えば、とりあえず包丁を受け取るでしょう。この場合、藤君が亡くなったのは事故ということになる。浜辺を移動中に足を滑らせて、たまたま持っていた包丁が刺さり、命を落としたと」

「もう一つの説では、事故ではないと言いたいみたい」

「ひとまず、聞いてもらいましょう。あなたは王子谷君を殺害後、返す刀で藤君も殺した。一見すると事故に思える死に様で。動機は掴めていないが、一つ考えられるのは極めてドライに彼を利用した可能性。元々、王子谷君を殺す計画に必要だから、藤君の願いを聞き入れ、皆には隠して館の近くにいられるようにした。藤君の役割とは、王子谷君殺しの罪を被せられた上に、自殺か事故死に見せ掛けて殺される」

 いくら私でも、そこまで非情じゃない。

 藤峰男は当初、私を脅してきたのだ。あの子は、一気飲み事故の当事者達と私のつながりに気付いて、色々調べたらしい。そんな労力を費やした理由は、夏合宿にどうしても参加したい、その一心からだったというから半ば呆れ、半ば感心もした。執念が実ったと言うべきか、OBの会社員が階段から転げ落ちたとき、藤峰男もその場に居合わせたらしい。私は気付かなかったが、あとになって藤の方から“打診”してきた。あの子はOBが転落した直後の風景を写真に収めており、そこには私も映り込んでいた。色眼鏡を通せば、私がOBを突き落とし、見下ろしている風に見えなくはない。もちろん他にも乗降客が大勢行き交っているのだけれども、転落したOBを見つめる姿勢が違っていた。徐行客のほぼ全員が歩きながら振り返ったり、一瞥をくれたりしているのに対し、元々OBを尾行していた私だけ、明らかに立ち止まってじっと凝視している。距離はあっても、一人だけ浮いているように映るかもしれない。

 突き落としてはいなくてもリスクを恐れた私は、藤からの要求が他愛なかったせいもあり、受け入れることにした。そして逆に、この子を利用してやろうと思い付いた。そこからは計画完成まで早かった。がちがちに固めた物ではなく、アクシデント・ハプニングが起きるものと想定し、フレキシブルなプランになるよう心掛けた。でもまさか、実際には森島さん死亡という大アクシデントが先んじて起きたため、大幅に修正を施さねばならなくなった。しかし、結果的には万事うまく運んだと言える。

 突発的に入り込んできた要素が予見困難なものであればあるほど、論理的な推理や科学的捜査は矛盾を抱えがちで真相究明もまた困難になる――と、ミステリを読んだあとよく感じたものだ。現実でもそこに救われたのだろう。私は逃げ切ったと思っていた。

 そう、今になって得体の知れない探偵の登場という場面を迎えるまでは、安心していられたのに。

 あるいは、私にとって、突発的に入り込んできた要素がこの探偵なのかしら。

 ううん、もう一つあった。私にとっての不運な要素が。

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