第38話 自己防衛

「きっかけはあの子が、どうしても十鶴館に行ってみたい、合宿に参加したいと私に相談を持ち掛けてきたからよ」

「部長の僕に言えばいいのに」

 加藤が多少不服げに呟く。

「私もそう感じた。けれどもそこを指摘するより先に、サプライズを仕掛けたら面白いと思い付いてしまったの。それで時間不足の中、大枠だけ決めたわ。細部は館に着いてから詰める予定でいた」

「ちょっと待った。サプライズって、犯罪ネタか?」

 上岡が早口で聞いた。

「ええ。ある意味、当たり前でしょう? 私達、推理研の内々でやるんだから、それくらいしないと面白くない」

「せやったら、電話使えんようにしたんもサプライズのためか?」

「え?」

「犯罪ネタのサプライズで、仕掛ける側が一番、いや絶対に避けたいんは通報されることやないか」

「確かにその点は、計画段階で気付いてたわ。でも大元を壊すなんて、まさか。一応、私が館内でコードを引っこ抜いて、モジュラージャックの差し込み口のみを壊す予定でいたのよ。だいたい、使えなくするのだって、サプライズをスタートさせたあとで充分でしょ。二日目の朝で使えなくするはずがないじゃない」

「その通りやが……それやったら誰が?ってことになるで」

「私に言われても……」

 実光が困り顔になって、加藤へ向き直る。加藤は加藤で小首を傾げた。

「実光さんの証言を信じると……王子谷君を死なせてしまったのが藤君だとして、王子谷君が死んだあとに電話を不通にするのなら、まああり得るかな。だけど実際には、二日目の朝までに電話の大元が壊されていた。辻褄が合わない」

 状況を整理するためにかそう言うと、頭を掻きむしった。

「この分だと、第三の人物まで想定しなきゃならなくなる」

 柳沢がぽつりと言うと、一瞬、しんとなった。その静けさを嫌うかのように、多家良がすぐに声を上げた。

「冗談じゃないです。これ以上、複雑になるのはごめんです!」

「……まあ、それはないと思う」

 取りなすように言ったのは加藤部長。

「互いにまったく関係のない殺人者が一所に三人も揃うなんて、蓋然性に乏しい。あるとしたら、実質空き家状態だったときに、十鶴館目当てに船で乗り付け、そのまま居着いたケースぐらいだろうけど、当の十鶴館はどこも荒らされていなかったと箕輪氏が言っていた。だから外部の人間を新たに想定する必要はあるまい」

「だといいんですけど……」

 懸念を完全に払拭できていないのは明らかだったが、ひとまず冷静に立ち戻った多家良。

 代わって、和但馬が意見を述べ始めた。

「僕がさっきから気になっているのは、実光さんの意見が変化したことです」

「私の意見が変わったというのは、藤君を探すかどうかっていうあれ?」

「あ、それじゃないです。藤君に関係してはいますけど。少し前まで、実光先輩は、王子谷君を死なせたのは藤君ではないという立場を取っていた。違います?」

「ううん、違わない。あの子がやったとは、とても想像できなかった」

「けど、その後、ちょっと意見を修正しました。彼が関わっているかもしれない、みたいなニュアンスでしたが、考え方に変化の兆しが見られます。どうして変えたのかが気になって仕方がない。何か理由があるんだったら、ぜひ説明してほしいなと」

「ああ、そのことなら簡単に説明できるわ。一つの可能性に気付いてしまったから。今はまだ想像を逞しくした末に生み出された、妄想に近い仮説。だからこのあと、実際に調べてみようかと思っていたところよ。みんなの中にも思い付いた人、いるんじゃないかしらね」

「思わせぶりな言い方はやめよう、実光さん。時間が勿体ない。君の妄想めいた仮説とやらを聞かせてくれるか」

 加藤が半ば命令気味に言った。部長の肩書きの正しい使い方と言えるかもしれない。

 実光は決意を固めるためなのかどうか、若干俯きがちになった。かと思うと、おもむろに面を起こし、顔に掛かる長い髪をかき上げた。

「できることなら、少なくとも台所を調査してからと思っていたのだけれど、やむを得ないわね」

「台所……」

 実光ともう一人を除いて、台所という発言の意味するところをすぐには理解できなかったようだ。

 その“もう一人”である和但馬が、「分かった、分かりました」と手をもみ合わせた。

「台所に包丁がすべて揃っているか、調べるつもりでいたんですね、実光先輩は」

 この質問に実光は静かに首肯した。声を上げ、首を傾げたのは加藤。

「ううん? どういうことなんだ。僕自身、刃物類を調べると言ったはいいが、先延ばしになってしまっていたのを思い出したが」

「僕が話します。実光さんは、実光さんの考えと一致しているかどうかの確認を頼みます」

「いいわ」

 了承を得て、和但馬は加藤部長以下、五名に説明を始める。

「僕は王子谷君と同じ学年で同性ということもあって、先輩方や女性陣よりは、彼のことをよく見ていたつもりです。ぱっと見、朴訥としたキャラクターで、簡単には感情を露わにしないけれども、好きなこととなると熱心に語る」

「それくらいなら、俺もだいたい同じイメージを持っていたぞ」

 柳沢が異議を挟むが、和但馬は意に介さず、「そこへ持って来て、結構怖がりだった」と付け足した。

「怖がり?」

「はい。怖がりの王子谷君が、初日の夜、森島さんが殺されるという事態を受けて、どうしようとするか。明るい間はともかく、夜になってからは一段と恐怖心が募るでしょう。正体不明の殺人者に、次に狙われるのは自分かもしれない。そういう想像に取り憑かれたとしたら、次にどんな行動を取るか。恐らく、自分の身は自分で守る、という結論に達したのではないでしょうか。そして館内で手っ取り早く調達できる武器となると、真っ先に浮かぶのは包丁だと思います」

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