第37話 上陸後のこと
「証拠はまだないが、論理的に思考すれば――」
加藤の口ぶりには、やや勿体ぶったところが出ていた。しかし、芝居がかっている場合ではないと思い直したか、実光の方を見据えると、おもむろに言い切った。
「藤峰男君だろ、君が言っているのは?」
「彼がどうやってここへ来られるのか、答えてちょうだい」
「簡単なことさ。藤君は居残り組の中でただ一人、最後まで見送りに来てくれたよね。身銭を切るというのだから、止める理由はなかったし、唯一外れた一年生にできる限りのことをしてやりたいと思ったから、認めた」
「ええ」
「クルーザーに乗ってからは、短い時間で精一杯合宿気分を満喫しようと、張り切っているように見えた。そして船が着岸し、荷物を持って降りるのを手伝う格好で、藤君も上陸した。問題はそのあとだ。部屋決めをする直前ぐらいだったかな、箕輪氏操縦のクルーザーがそろそろ引き返す頃合いになり、藤君も乗り込んだ。あれは実は、乗り込んだふりで、僕らの視線がなくなるのを見計らい、再び上陸したんだろう」
「上陸したあと、どう過ごすの?」
「キャンプセットでも用意してたんじゃないか? 食料込みで。荷物運びに紛れさせて、彼自身の荷物を持って降りるくらい、訳ないだろう。まあ、僕らの注意を引かぬよう、岩陰なり木陰なりに隠す必要はあったろうけど」
「そんなに大きな荷物、藤君が持ってきていたかしら」
「実光さんも人が悪い。全部話してくれればいいのに、いちいちテストするみたいに聞いてくるなんて。まあいいさ。すべて答えよう。荷物は予め、クルーザーのどこかに隠しておいたんだろう。そもそも箕輪氏の了解なしには、成り立たない計画だ。箕輪氏は、合宿に参加するのは当初十名だと聞かされていたはず。それなのに当日になってみると十一人が乗っているわ、その余計な一人は帰りの船に乗らないで残るわで、さすがにおかしいと気付くに決まっている。なのに何も言わずに、淡々と役目をこなして帰って行ったのは、前もって実光さんから頼まれていたに違いない。『急遽、追加でもう一人参加することになった。一部のメンバーが仕掛けるドッキリだから、何も言わずに協力してください』とでもね」
「藤君がどこで寝泊まりするか、箕輪氏は気にならなかったのかしらね?」
「うーん、些末なことじゃないか? キャンプ道具を見せたのかもしれないし、一つの部屋を二人で使うことになっていると説明したのかもしれない。箕輪氏からすれば、封印している部屋を使わないのであれば問題ないってところだろうね」
「……さすがにもうないか。ええ、その通りよ。方法は合っている」
「よかった、認めてくれて。残るは、そんなトリックを用いて隠れ潜もうとする動機、理由だな」
ここからが本題だと、気合いを入れるように自らの頬を手のひらで軽く叩く加藤。
「藤君をここへ連れて来てもらうのが手っ取り早いと思うんだが、どうだろう?」
「現時点では、あの子がどこを“本拠地”としたのか分からないから、連れて来るというのは簡単には行かないわ。けれども、大声で呼べば来るかもしれない」
「そうなのか。……もしも、藤君が王子谷君を殺めたのだとしたら、素直に出て来るかな?」
「それは分からない。殺したとも思ってないけれども。でも、すべての状況を考慮して、総合的に判断すると、王子谷君の件に藤君が何らかの関与をしている可能性は否定しきれないかも……とも思い始めている」
「ふ……む。藤君を呼ぶのは慎重にした方がよさそうに思えてきた。みんなはどう思う? 決を採りたい。多数派の意見を即採用するとは限らないと約束する」
今の段階で藤峰男を見付けるために行動を起こすことについて、力沢を含めた七人で採決する。結果は3対4で反対する声が上回った。反対の理由としては、「彼が犯人だとすれば、探すことによりかえって逃げられる恐れがある」「出てきたとして、力沢と藤、二人も監視するのは心身の負担が大きい」といったもの。
賛成派の三人はまず力沢で、「王子谷殺しは自分の仕業ではないと証言させたい」という理由から。次が和但馬、「動機が分からないけれども、合宿に参加できなかったことを逆恨みしての犯行なら、次は同じ一年生ということで僕が狙われるかも」とした。最後は実光である。「私が一人で探す体にすれば、あの子がたとえ犯人だったとしても、大人しく出て来るかもしれない」と条件付きで肯定に回った。
「それは駄目です。反対します」
即座に反対の声を上げたのは、多家良だった。
「副部長のことを信じたいですけれども、論理的に考えれば、まだ容疑を解く訳には行きません。すなわち、藤君と実光先輩が共犯関係にあるかもしれない」
「私が藤君を見付けて、すぐにみんなで拘束するとしても?」
「……やっぱり駄目です。探すふりをして、藤君に何らかのメッセージを送るつもりなのかも。すみません、ほんと、疑いたくないんですけど。さっき、和但馬君が『一年生を狙っているのかも』みたいなこと言い出したから、より慎重にならざるをえません」
多家良は和但馬の方を見やりながら、力説した。同じ仮説――動機は一年生への逆恨み――を基に、正反対の主張を繰り広げたことになる。
「合宿参加メンバーに選ばれなかった恨みって言っても、あの子はここに来ているんだよ? 実質的に参加したも同然じゃないかしら」
「それとこれとは別です。それよりも、さっきから、実光先輩が藤君を連れて来ることに執着しているみたいに見えてきて」
「裏があるんじゃないかというわけね。しょうがない」
肩を落とし、嘆息する実光。
「私も反対に回るわ。現状では、あの子を連れて来られたとしても、冷静な議論に終始するか心許ないもの」
「確かに」
加藤は認めると、今の時点では藤峰男を探さないと決めた。
「ただし、このまま夜をまた迎えるのは不安がある。実光さん、藤君の居場所は分からないと言っていたけれども、どうやって連絡を取る? トランシーバーの類は持って来ていないよね? 最低限、いつ会うのかは決めなければならないはずだ」
「初めから取り決めをしておいたの。連日、夜十時から日をまたいで午前一時までの間に、私の方が外に出られそうなら出る。藤君は例の窓の見えるところに待機していて、私が出て行く姿を確認できたら、やって来る」
「昨晩もその取り決めの通りに動いたのか」
「もちろんよ。こちら――館で想定外のトラブルが起きたから、準備していたサプライズは当面延期、恐らく中止になると伝えるために」
「サプライズ」
加藤だけでなく、皆が口々に呟いた。上岡が尋ねる。
「結局はここに行き着くんやな。実光さんは藤君と組んで、何をしようとしとったん? サプライズ言うたけど、そもそも発案したんは藤君なんか君なんか?」
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