第36話 新入部員の順番と好み


             *           *


 田島さんの仕事は早かった。

 元々、いつか十鶴館に向かおうと考えていたため、送ってくれる船を以前より探し、目処を付けていたらしい。特ダネの匂いを嗅ぎ付けでもしたのか、はたまた甥っ子の安否を気に病む余りか、謝礼金の増額を船主に伝えて改めて交渉すると、あっさりまとまったという。これから最寄りの港を目指し、新幹線で移動する。同行しないかと誘われた俺と笠原さんは、スケジュールがすかすかなこともあり、田島さんから「情報を提供してくれた見返りということで、交通費などはすべてこちらが持つ」と甘言を囁かれ、ありがたく乗った。準備する余裕がなく、ばたばたと慌ただしい出発になったのは仕方がない。

「それにしても巣座島が島じゃなかったなんて……思い込みは恐ろしいわね」

 昼過ぎ、駅に向かう車中にて、十鶴館の所在地を教わった笠原さんは、何時間か前の俺とほぼ同じ反応を見せた。

「ということは、入善藍吾が十鶴館を建てたときは、橋が架かっていたでしょうから、建設そのものは普通にできたのかしら」

「いや。吊り橋自体は重機や建築資材を乗せたトレーラーが何往復もできるような代物ではなく、海側からあれやこれやと搬入して建てたみたいだよ」

 ハンドルを握る田島さんが解説してくれた。

「そっかあ」

「それよりも、館に着くまでに、向こうにいる子達の人となりをちょっとでも知っておきたいな。話してくれるかな」

「ええ、問題ありません。最初は三年生、役職のある人から言うと、加藤先輩。部長を務めています」

 と、こんな調子で上級生から順に伝えていく。

「――四月の新歓コンパまでに入った一年生が、今言った四人になります。それから五月、ゴールデンウィークが明けたあとしばらく経った頃だったかな、、多分、そいつがいなかったら一年生は全員合宿に行けてたんじゃないかなと思うんですよ。いくらテストしてふるいに掛けると言ったって、なるべく新入生にいい目を見させてやりたいというのが基本でしょう」

「そうかい? 今まで苦労と歴史を重ねてきた上級生が、巡ってきた特別な合宿に優先的に参加するという理屈も成り立ちそうだ」

「いやいや、そこは部全体の発展を考えるんです。一年生にいい目を見させれば、評判を聞いた他の一年生が新たに推理研入部を考えてくれるかもしれないじゃないですか」

「なるほどなぁ。でも誰でも彼でもって訳には行くまい。最低限、必要な素養ってものがあるだろう、ミステリともなると」

 話の途中で駅に着いたが、目当ての新幹線にはまだ少し時間があった。降りる準備をしながら、そのまま会話を続ける。

「それはまあ確かに。好きな名探偵は?と聞かれて、明智小五郎や金田一耕助、シャーロック・ホームズ辺りを挙げるだけでは、ちょっと厳しいかもしれませんね」

「ふむ。ちなみに我が甥っ子は、なんて答えたのかな?」

「藤君が確か、ファイロ・バンスでした。だったよな?」

「そうそう。今どきの子にしては渋い」

 降り掛けていた笠原さんの返事は、ドアを閉める音とともに途切れた。俺も田島さんも続いて降りる。

「峰男君を蹴落とした、第五の新入生が挙げた名探偵は? いや、選別テストの出題じゃないことは承知しているけれども、その段階で差があったんだろうかって思ってね」

 問われた俺は笠原さんと顔を見合わせた。五人目の一年生――はミステリに関してなかなか博識で、色んな作品や探偵名を挙げたから、すぐには思い出せなかったのだ。

「あの子、最終的に選んだのは御手洗潔みたらいきよしだったわ」

「あ、そうだそうだ。確かにあの『占星術殺人事件』はインパクトがあった。評判は前から知っていたけれども、読んだのがつい最近になってからで、新人のデビュー作を文庫落ちするまで手を付けなかったのを悔やんだのは、初めてだったよ」

「私も。次に『好きな名探偵は?』とか『一推しの作家は?』とか聞かれる機会があったら、答変えるわ」

「そんな機会あるかなあ? 社会人になってからだと、ミステリ関連のクラブにでも入らないとなかなかなさそうだ」

「ばかね。来年、新入部員を迎えるときに、こっちも自己紹介がてら言えばいいの。そういえば同じK社のノベルス、来月の刊行予告見た? 本格の新人が大々的に推されているみたいで、タイトルは『じゅっかく――」

 と、こんな風にお喋りを本題から少々脱線させつつ、駅舎内へと入って行った。


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