第35話 その人はいかにしてやって来たか

 この成り行きに加藤は顎に片手を当て、思案する風だったが、特に質問を追加することはなかった。他の面々に「何か質問があれば」と促すと、上岡が反応した。

「時間はどんくらいやった? 実光さんが窓から出て戻って来るまでの時間」

「四十分ぐらいだったと思います。――柳沢先輩、トイレで離れたのって、何時だったか覚えてますか?」

 尋ねられた柳沢は暫時、目を瞬かせた。力沢のことで精魂を使い、集中力をやや欠いていたようだ。それでも思い出すように首を捻ると、程なくして返答する。

「……正確なとこは無理だが、午前二時をそこそこ過ぎていた頃だったと思う。だから四十分でだいたい合っているだろうな。どう長く見積もっても五十分はない」

「どうも」

なごうて五十分足らずか」

 上岡が実光の方を向いた。

「敢えて追い込むようなこと言うけど、堪忍してや。凶器は前もって、自室の窓から外にぽいっと放り出しとく。返り血を防ぐための道具として、予め用意しておいた傘か雨合羽を同じく窓から外へ。で、廊下の窓から外に出たら、足跡を残さんように注意深く歩を進め、凶器と傘を拾ってから、王子谷君の部屋の窓外に立つ。ここからがちょっと苦しいんやけど、窓ガラスを叩いて王子谷君を呼び、出て来たところをいきなり刺す。残った時間で凶器と傘を処分して、午前三時前の見張りの交代を待つ。ってな具合でどうやろ? 一号室の真上は中谷さんの部屋。その両隣は森島さんと力沢だ。偶然にもその時点で中谷さんは亡くなっており、森島さんもいない。力沢は己のやらかしたことで精一杯で、他のことに気が回らんとしたら、下で少々物音を立てても気付かれへん」

「物音についてはそんな細かな考察をしなくても、窓さえ閉まっていれば、外からの音は聞こえないみたいよ。全館、旧いなりに冷房が効いていて、窓を開け放とうという人はいないでしょう。森島さんが亡くなったあとで、心理的にも開けておきたくはないはず」

 実光の解答は、意想外の方向から始まった。

「だけど、私が王子谷君をどうかしたという仮説は、全面的に否定する。明るくなったから、凶器と傘もしくは雨合羽の捜索を始めてみればいいわ。海に投棄でもしない限り、隠しきれる場所はないんじゃないかしら。そして海に放るには、どうしても砂浜に足跡が残ると思うんだけれど」

「君の言う通りや」

 上岡も、無理は承知の上で実光犯人説を唱えていたらしく、あっさりと引き下がる。肩をすくめ、お手上げのポーズを取った。

「だいたい、相手を呼び出すために、外から声を掛けるいうのがあかん。たとえ二人きりで話そうっちゅうような約束をしとったとしても、ドアの方から入って会えばええってなってしまう。そこでや」

 ここでまた上岡の口調が、真剣味を帯びる。

「部長も最初に言っとったけど、結局のところ実光さんの言う、外で会うつもりやったいう人物が鍵になる。王子谷君を殺した犯人かどうかはとりあえずおくとして、少なくともそいつは、外から声を掛けざるを得ない立場なんやからな。さあ、誰なん?」

「……」

 実光は開き書けた口を再び閉じた。この期に及んで迷いが残っている模様だ。

「名前をいきなり答えるんはハードルが高いかもな。せやったら、まずは方法から話してくれんかな。その人物が、どうやってこの周辺に来たんか? 吊り橋は使えんのやから陸伝いではない。海から来るには砂浜に着かねばならんのやから、どんなに小さな船でも館におる誰かに目撃される可能性が極めて高い。まさか空から落下傘てことはないやろから、僕らの到着よりも前に来て、隠れ潜んでたとしか思えん。それはうてるはず。前乗りしたんなら、そいつは我が部の残りのメンバーやない。何故なら、居残り組は最初から予定があってよそへ旅行中、そうでなかった者は港まで見送りに来てくれたんやから――」

「……上岡君、間違ってるわ」

「ええっ、ほんまに? どこがや。館へ来る方法か、そいつの正体が推理研やないいう推理か」

 半分方身を乗り出すような格好をする上岡。冷静沈着な様を崩す彼が珍しいのか、推理研部員、特に二年生以上は目を丸くした。

「どっちも。完全に的外れという訳ではないわ。その考え方のまま、もう少し推し進めたら分かる」

 実光のその言葉を上岡は素直に受け取ったらしく、腕組みをして考え込む。

 代わって、加藤が聞いた。

「ここへ来る手段についてだけでも、先に明かしてくれてもいいのに、なかなか頑なだね。もしかすると、その方法を話すことイコール来たのが誰なのか明白になる、という論法が成り立つからじゃないかな?」

「……さすが部長」

 実光が認めると、加藤は我が意を得たりとばかり、大きく首肯した。

「ありがとう。今の君の返答で、ようやく分かった。誰が、どんな方法で、やって来たのか」

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