第34話 副部長の振る舞い
「……どういうことですか」
「動く何かを見た気はするが、それが人間だったかどうかは確証が持てない」
「最初、不審者の可能性が高いような言い方をしたのは、あわよくばそいつに罪を被せることができると思ったから、ですか」
「そういう頭がなかったとは言わない。外部犯を想定するには、どうしても手引きが必要になるから、難しいだろうなとあきらめ半分だったけれども」
力沢はここで、和但馬、そして実光へと視線を移していった。
「本当に手引きした人がいたみたいで、驚いている。王子谷君が死んだのはそのせいなんじゃないか? 今さら自分が気にするのもおかしな話だけどな」
再度、ため息をつくと深く腰掛け、背もたれに身体を預けた力沢。
「さあ、加藤部長、どうしますか。この“犯人”たる自分を、このまま同席させるか、それともどこかの部屋に閉じ込める?」
「……あいにくと僕は逃げ得を許せないタイプでね」
加藤はわずかな笑みを交えて答えた。その台詞の意味するところは?
「力沢君。今、君を一人にしたら、逃げる可能性が高いと踏んだ」
「は! 逃げるってどうやってです? 二階の部屋に閉じ込めれば、窓から出るのだってまず無理でしょう」
「僕が言っている“逃げ”はそういうんじゃない。君が自ら死を選ぶ恐れがあると言ってるんだ」
「――」
力沢の顔色が変わる。部長以外の面々も、程度の違いはあるがはっとさせられたようだ。特に多家良は、さっきまで力沢に質問をぶつけていたためだろう、ショックが大きく、口元を両手で覆った。
「その沈黙は、死ぬつもりでいると解釈していいのかな? そうはさせないよ。君にまで死なれてたまるか。このままここにいてもらう。念のため、両サイドに見張りを付けさせてもらおう」
加藤の指示により、力沢は椅子ごとテーブルから数メートル離された。その右側に上岡、左側に柳沢が陣取ることで見張りとした。
「さて……残りの事件に移ろうか。王子谷君が亡くなったことと関係あるかどうかはまだ不明だけれども、はっきりさせねばならない。和但馬君の証言と、それに対する実光さんの弁明だ。まずは和但馬君から」
指名を受け、和但馬は少し迷う素振りのあと、立ち上がった。
「最初にお断りしておくと、今から僕のする証言について、何ら物的証拠はありません。実光先輩からこうしてほしいというメモを渡された訳ではないし、頼まれたときの音声を録音していた訳でもないです」
「そんなたいそうな前置きをしなくたって、基本的には認めることになると思うわ。重大な事実誤認さえなければ」
実光が口を挟む。和但馬は軽く頷いた程度だったが、加藤は進行役の立場故か、「イレギュラーな発言は証言者に影響を及ぼす可能性があるので慎むよう、頼む」と言い渡した。実光は「分かりました。以後、気を付けます」と馬鹿丁寧に返事した。
「合宿に出発する前々日でした。実光先輩から電話があって、合宿についての確認事項の他、諸々の雑談をする内に、『部屋決めの方法、決めた?』と聞かれたんです。『トランプカードを使って決めるつもりです』と答えたら、『できれば私を特定の部屋になるようにしてほしいのだけれど、どう?』って言われて、『できますよ。実はマジックを趣味にしてるんです』と。つい、自慢したくなってしまって」
少し恥じるように、俯きがちになった和但馬。しかしすぐに面を起こすと、続ける。
「副部長の希望は一階の部屋、それも角部屋でした。その時点で僕は十鶴館の間取りを知らなかったけれども、まあ大丈夫だろうと思い引き受けたんです。実際に着いてみて、部屋の中は大差なかったし、別に不公平って訳じゃないと思いましたし、問題ないだろうと。それで――」
「話の途中で悪いが」
加藤が小さく挙手した。
「部屋決めで特別扱いしてくれと頼んだことを、誰にも言わないようにと彼女から口止めはされなかったのかい?」
「あ、そういうのはなかったです。僕自身の判断で、黙っているべきだなって。ただ、もしも他の人からも部屋決めで都合を聞いてほしいというのがあったときは、打ち明けるつもりでいました」
「なるほど、分かった。続けて」
「――それで、えっと上岡先輩が指摘した方法で、副部長が好きな部屋を選べるようにして……って、この辺りは改めて言う必要はないですね。
昨晩のことです。実光先輩から二度目の頼み事がありました。男子が交替で一階廊下奥の窓を見張ることに決まったあと、内緒話みたいな雰囲気で声を掛けられて、『見張り中にあなた一人になる機会があれば知らせて。そのときに私は窓から外へ出るから、誰にも言わず、素知らぬふりをして』というようなことを言われました。僕は『どうして外に? 殺人犯がいるかもしれない、危険です。それに戻るときはどうするんです?』みたいなことを聞き返しました。先輩は危険性についてはまったく問題にしていなくて、『ごく短時間だから大丈夫』の一点張り。戻るときは、交代のタイミングで柳沢先輩に次の人達を呼びに行ってもらえば、隙が作れると」
「すまん、また話の腰を折る。今聞いておく方が簡便だから」
再び、加藤が口を挟む。だが、今度の質問の相手は実光だ。
「柳沢君と和但馬君の組が見張る間、もしも柳沢君が一度も持ち場を離れることがなかったなら、隙は生まれない。どうしていた? 答えて欲しい」
「そのときはあきらめるまで。このあと話すけれども、絶対に成し遂げなければならないという類の用ではなかったから」
「ふ……ん。分かった。あとで聞くとする。和但馬君、証言はまだ残っているね?」
「ええ、あと少しですが。つまり、言われた通りにやったというだけです。外に出た実光先輩が何をしたのか知りません。ただ、副部長のために確実に言えるのは、実光先輩は手ぶらで出て行って手ぶらで戻りました。加えて、顔や服といった目に見える範囲に、返り血などの汚れは一切ありませんでした」
和但馬がした最後の証言は、多くの者にとって意外さを伴っていたようだ。外に出た実光が王子谷の部屋の窓側に回り、何らかの得物を用いて王子谷を刺殺したという線が濃厚な雰囲気だったのに、完全否定されたも同然なのだから。
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