第33話 凶器はそこに
「白状すると、中谷さんの口に入れておいた紙は、二度目なんです。一度目、森島さんのときにも同じ文章のメモ書きを急いでこしらえて、彼女のすぐそばに置いておいた」
思いも寄らない告白に、場の雰囲気が多少変化した。収束に向けて穏やかになりつつあった水面に、またさざ波が立ち始める。
「そんな物はなかったようだが……」
「自分も焦りました。でも、実光さんと中谷さんが、あの数の書かれた丸い紙が風で飛ばさてきたと言っていたので、同じように飛ばされたのかと考えて探したんですが、見付からなくて。見付からないのも気になったけれども、それ以上に、早く戻りたかった。島、じゃなかったんでしたね。この館から出たかった。早くしないと、森島さんの遺体が傷んでしまうから」
「……」
そこまで想っていたのなら、どうして一時の感情で殺してしまったんだ? そんな言葉を推理研メンバーの何人が飲み込んだことか。
「中谷さんを死なせてしまったあと、メモ書きを口に入れたのは、飛ばされないようにするためか」
「ええ。窓を閉めたので飛ばされないだろうとは思いましたが、念のため」
「電話の件は? 今の話だと、君の仕業じゃなさそうだが」
「知りません! 使えなくする意味がないじゃないですか」
「一応、聞こう。何らかの思惑があって、先に電話を不通にしたあと、弾みで森島さんを死なせてしまった、ということはないんだね?」
「ありません」
「電話が使えないと分かったあとに起きた中谷さんの件で、同じメモを残したのは?」
「みんなで脱出しようという気運を盛り上げたかったんですよ。実は、タイミングを見て、吊り橋が落ちて通れなくなっているという方角へ徒歩での探索を提案し、自ら立候補するつもりでした」
「ふむ……筋は通っているな。それじゃ本題に戻ろうか。中谷さんにまで手を掛けた経緯を話してくれ。ただ、僕の推測を先に話すと――置いたはずのメッセージが消えた原因は、あの丸い紙と同じく風に飛ばされたと考えた君は、さらに飛躍して丸い紙を拾った中谷君が、メッセージのメモ書きも拾ったものと見なした。それなのに中谷君は丸い紙のことだけ皆に伝えて、メッセージについてはいつまで経っても言い出さない。これが不気味だった。筆跡は隠したとは言え、何がきっかけになって怪しまれるか分からない。それ故に、中谷君を警戒するようになった、と」
「さすが部長、当たっています」
「だが、この段階ぐらいで命を奪おうとはしないはずだ。何があった? 中谷君がメッセージを見て、君を疑うようになるとは思えない」
「メッセージを見ただけなら、ですよ。彼女は気付いたんです、凶器の正体に」
「え。そうだったのか」
自分が見落としていた凶器、すなわちパーカーの紐に、後輩の一年生が気付いていたとは信じがたい――加藤の顔にはそんな感情が透けて見える。
「夜……あれは最初の見張り役を終えてしばらく経ってからだったから、夜十一時半ぐらいだったか。様子を探りに中谷さんの部屋に行ってみると、ちょうど彼女と出くわしてしまって。どうするか迷ったんだけれども、彼女の方から『話があります』と言ってきたため、中に入りました。向こうは向こうで明らかに警戒していて、室内ではドア側に立った。それでいきなり、『森島さんを殺した凶器が分かったかもしれない、先輩のパーカーを調べさせてくれませんか』と切り出されて。彼女、巾着袋を持っていたでしょう? あれの紐をいじっていて閃いたようでした」
力沢の話に、一転して納得。
「追い詰められて、観念する気持ちもありました。しかし、中谷さんから思いも寄らないことを持ち掛けられて、気が変わった。『誰にも言いませんから、代わりに、私の言う人を殺してください』と」
「そんな!」
多家良と実光が口々に言った。残りの男性陣も、あの中谷さんが……と俄には信じられないのがありありと窺える。
「彼女が誰を殺したいと思っていたのかは聞かなかった。ただ、『力沢先輩とはつながりがまったくない人だから、絶対に怪しまれることはありません』とも言っていたので、推理研メンバーじゃないことは確かです。安心していいですよ」
緊張感の高まった場が、ほんのちょっとだけ緩和される。
「もちろん、自分は安心どころじゃなかったんですが。こんな調子で彼女の要求を聞いていたら、際限なく命令されかねない。あと一人殺さねばならないとしたら、中谷さんの言う人物よりも、彼女自身を亡き者にした方が……と考えてしまった」
「せやけど、相手は警戒していたんやろ? どうやった?」
上岡の問いに、力沢は肩を上下させて息をつくと、淡々と答える。
「芝居を打っただけですよ。要求を飲むふりをして、油断させた。ドアは閉められていたので、相手を掴まえてしまえばこちらのものだと」
仲間あるいは仲間だった者達に聞かせたくないと感じたのか、途中から声が小さくなっていく。
「メモを書いたんはいつや? まさか最初っから用意しといたんではないやろ」
「それはもちろん、中谷さんを死なせてしまったあとです。筆記用具と定規の代わりになる物さえあれば、いつでも書けるから」
「最初のときに書いたんを、相手が持ってるかどうかは確認せんかったんか?」
「あ……そのことは今言われるまで、失念していました。仮に、彼女の持ち物の中から出て来たとしても、自分に直結するものではなかったから、でしょうか」
力沢自身よく分からないという風にかぶりを振った。
「他に誰か、質問はあるかい? 感情的なものではなく、事件解明に繋がる有益な質問に限るが」
タイミングを見計らうように、加藤が場に問う。すると、
「とりあえず一つ、思い付いたことが」
待ちかねていた様子で多家良が反応した。加藤が先を促すと、彼女は舌で唇を湿してから続ける。
「他のことで嘘や隠しごとはしていませんか、力沢先輩。具体的には、屋上から目撃したという人影です」
多家良がじっと見つめる。対する力沢は、数秒の間を挟んで目を閉じた。目が合うのを避けたかったのか、それともよく思い出そうとしての行為なのか。
それからまた数秒後、目を開けた力沢は嘆息しながら言った。
「あれは正確ではないかもしれないが、嘘でもない」
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