第32話 急転直下

「え?」

「あなたを除いた全員がそのことを承知している。亡くなった森島さん、中谷さん、王子谷君の三人も含めてね」

「いや、でも、クローズドサークルだと……」

「現在の十鶴館には基本的に、海からしか来られないのも事実よ。吊り橋が改修されれば、そうじゃなくなるんでしょうけれど。元々は砂州として形成され、一時的に島になったものの、長い年月を経る内にまた本土と繋がったんだと聞いたわ。巣座島という名称はその名残とも言われている。“砂州”をひっくり返して“すさ”になり、さらに転じて“すざ”になった。まあ、諸説あるみたいだけれども」

「そういう話を、自分だけが知らない……? そんなおかしなこと、あるはず――」

「あるのよ、それが。あなた、船の中でほとんど寝たきりだったじゃない」

 実光は半ば哀れむような眼差しに、小さな笑みを乗せて相手を――を見た。

「えっ、あの合間に……」

 それまで座ったまま話を聞き、やり取りしていた力沢だったが、とうとう立ち上がった。驚き、というよりも唖然とした心の様が、ぽかんと開けた口によく出ていた。

「意図的に、あなた一人をのけ者にしようとしたつもりはないのよ。たまたまそういう話になっただけ。船が着く直前に、甲板に出ていれば巣座島は島ではないと、否応なしに分かることだったしね。ほんと、偶然」

「……」

 空唾を飲み込み、黙りこくった力沢。加藤がすぐに問い掛ける。

「力沢君。認めるのかどうか、答えてくれたまえ。反論があれば聞こう」

「……外部犯がここを島と思い込んでいる、なんてばかな事態はありそうにない、か。ああ、シマはシマでも、孤島の島ではなく、縄張りを意味するシマだったというのはどうです?」

「ふふ、よく思い付くものだ。苦しいが、悪くはない。本気でそれを反論の軸とする気かい?」

「いえ。やめておきます。自分が森島さんと中谷さんを……手に掛けました」

「何でだよ?」

 動機を問う声を一番に発したのは、柳沢だった。力沢とは同じ学年で特に親しいが故に、理解できないといった体である。さっき腕力に自信がないと口で入っていたが、今の彼はそうでもなさそうだ。力沢の返事次第では、殴りかからんばかりの雰囲気をまとっている。

「おまえ、森島さんとは仲がよかったじゃないか」

「まあ待て、柳沢君」

 加藤が再び割って入る。

「詳しい事情を聞き出したいのは同じだが、先に確かめておくべきことがある。――力沢君、君が手に掛けたのは、さっき自白した通り、二人なんだね?」

「は、はい。だから、王子谷を殺したのが誰なのかは知りません。こんな状況で言っても信じてくれないんでしょうが、自分はやっていません」

「分かった。今は信じるとしよう」

 加藤は会話の、いや尋問のバトンを柳沢に返した。間を置いたせいか、柳沢の舌鋒は明らかに鈍っていた。

「力沢、おまえ何で森島さんを……」

「結局、この合宿に参加したのが失敗だったんだ」

「分かるように言ってくれよ」

「船で、酷く酔って、醜態を晒しただろ。それで、ここに到着した最初の日の夜、彼女の、森島さんの部屋を訪ねたんだ。最初は普通にお喋りしてたんだが、何かのきっかけでちょっと変になって。船酔いしたことを蒸し返された」

「森島さんが。何ていう風に?」

「……しかとは覚えていないんだ。やってしまったあと、忘れようと努めていたせいかな。色々な言い回しで、揶揄された気がする。格好悪いとか頼りにならないとか。ああ、船の上で事件が起きたとき、げーげー吐いてる探偵なんて見たことも聞いたこともない、なんて言い種もされたっけ」

「その程度のことで?」

 聞いていて辛抱たまらなくなったとばかり、多家良が尋ねる。信じられないいう風に、目を瞬かせ、首を小刻みに左右に振りながら。

「分からない。本当に全部は覚えちゃいないんだ。ただただ、腹が立っていて、気付いたら絞めてしまっていた」

「え? 絞めたって、何を使って?」

 考察に使えるような物を、たまたま手にしていたなんて信じがたい。

「これだよ」

 力沢は着ている服の襟元を、自身の手で後ろから引っ張った。

「パーカー……フード?」

「フードの紐。彼女の部屋に行ったときもこのパーカを着ていて、会話の途中で脱いだんだ。手持ち無沙汰というのとは違うか。何となく手を動かしていて、紐を出し切った状態になっていた」

 凶器について白状した力沢。そこへ、上岡が「僕からも一つ聞いてええか?」と言う。無論、質問することに何ら問題はない。

「ようもまあ、そんなことに使つこうた服を、二日目以降も着れといたもんやな。恐ろしなかったんか」

「怖かったですよ。でもそれ以上に、身に付けずにいることの方が怖かった。誰かがフードに目を留めて、凶器に使われたと気付くんじゃないかと。着たままでいる方が、気付かれにくいと思ったんです」

「そういう心理やったちゅうわけか。そんなんやったら、処分しようとは思わんかったんか。盗まれたことにして、あとで切り裂かれるか燃やされるかして見付かるような芝居を打てば」

「考えましたけど、実行できなかった。どうしても不自然に映るだろうし、何よりも森島さんの肌に最後に触れた物を失いたくなかった」

「……さよか」

 賛同しかねるが心情は分かった。そんな風に何度か頷き、上岡は質問を終えた。代わって加藤が尋ねる。

「ここからは僕が質問しようか。中谷君をも手に掛けた経緯を聞きたい」

「初めから、警戒していたんです。せざるを得なかったというか」

「何故? 彼女に怪しまれたのか?」

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テン・リトル・ミステリマニア 小石原淳 @koIshiara-Jun

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