第4話 部屋決め
「部屋決めをしないとね」
加藤万人はプリントアウトしておいた館内の案合図を取り出した。エントランスホールは電灯を点けなくても、そこそこ明るい。
「前にも言ったように個室は十三あるが、三つは使えない。この三つ、固まって×印の付けてあるところだ。最初の所有者家族の希望により、事件当時の状態をなるべく保ってそのままにしておきたいというのが大きな理由らしい。ま、こうして鍵をもらえたのだから開けて中を覗くぐらいはできるが、入るのは禁止とする」
「部長のあなたが鍵を管理すればいい話でしょ。それよりも、早く部屋割りを」
実光にせっつかれて、加藤は咳払いをした。
「では、リクエストにお応えするとしよう。合宿メンバー決定のゲームで、一位を獲った者が、部屋決めの方法を指定できるんだったね。個人的には、まさか僕が負けるとは思っていなかったから、正直驚いたよ。――と、一抜けした彼はどこだ? ――いた。おーい、和但馬君、何してる? 早く来てくれ。部屋割りするの、君だぞ」
加藤に呼ばれた和但馬は、大きめのリュックサックを両手で持ち、多少よろけながらも駆け付けた。
「恐縮です。部屋決めに必要な物がリュックに入れてあるので」
前髪で隠れがちな眼をさらに伏せて、平身低頭の態度を表す。
「それにしても部屋決めだなんて、責任重大な役を押し付けられて、緊張しました。一位を獲ったのに、まるで罰ゲームじゃないかと」
「緊張しましたって、過去形で語るからには、名案を思い付いたのかしら」
「はい、実光先輩。最初は皆さんの希望を聞いて調整する役目を負わされたのかと思ってたんですが、勘違いだったんですね。人間関係や好みを考慮しなくていいのでしたら、これを使って決めましょう」
口元ににこりと笑みを作ると、和但馬はリュックのポケットからケースに入ったトランプカード一組を取り出した。
「手に持ったままだとやりにくいので、食堂の長テーブルを使わせてください。さっき見て、ちょうどいい感じだった」
そう言うと和但馬は先頭を切って食堂へ移動し、他の者も皆ぞろぞろ着いていく。長方形のテーブルの片側の長辺、その中ほどの位置に和但馬が立つ。反対側の長辺に、残る九人が横一列に並んだ。順番はばらばらだが、和但馬の正面には部長、そして副部長がいる。
「先に、ジョーカーは同じのが二枚あると区別が付かないので、一枚どけておきます」
和但馬は言いながら、二枚あるジョーカーの内の一枚を取り除き、残り五十三枚を裏向きのまま、テーブル上で横方向へスライドさせる。使い慣れているらしく一定間隔で重なりつつ、きれいに広がった。
「では皆さん、一枚ずつ引いていってください。そのあと、他の人には見せないようにして数字とマークを覚えて。覚えたら、胸元にでもカードを押し付けて絶対に見られないようにお願いします」
言われるがまま、引いていく。引く順番は何となく学年上からになった。
九人全員がカード一枚を手にすると、和但馬は残りの四十四枚を揃えて右手に持った。
「次に、こういう風に僕がカードを持っていますから、一人ずつ、山の上に裏向きに置いてほしいんです。一人置くごとに僕はカードの山の下から数枚を持って来て、上に重ねます。重ね終わった次の人が一枚置き、また僕が下から数枚持ってくる。これを九人全員に繰り返し行います。順番は、そうですね、先ほどカードを引いていった順番にしましょう」
こうして和但馬が説明した手順まで済んだところで、二年生の柳沢がぽろっと言った。
「間怠っこしいな。こんなことしなくても、1から10のカードを用意して引けばよかったんじゃないか?」
「すみません。もうすぐ終わりますから」
和但馬は軽く頭を下げながら、手元のカード五十三枚を数度、シャッフルした。それから彼だけが数字とマークが見えるよう、カード全体を反対向きにし、両手の手元で広げていく。
「さて、お待たせしました。これから僕が一枚ずつ選んで、テーブルに表向きに置いていきます。さっき覚えたカードが出た人から順に、好きな部屋を選べるということにしたいのですが、よろしいですか」
「……別に構わんけど」
上岡がやや怪訝そうに呟く。見ると、眉間にしわを寄せていた。
「君はどうなるんや?」
「僕は最後に残る余り物の部屋でかまいません。人が死んだ部屋の隣になると思ってるんですけど」
そうなるのが望みなのか、和但馬は唇の端で微かに笑う。
「なるほどな。せやけど、ミステリ好きという人種はどう転ぶか分からんで」
「それならそれでよしとします」
こうして和但馬がカードを一枚ずつ選んではテーブルに置き始める。下手するとすべてのカードを選んでは置き選んでは置きしなくちゃいけなくなるが、さすがにそこまで運が悪くはなかった。いや、むしろ二十枚程度で九人全員のカードが場に出たのだから、早い方だったかもしれない。
各人が好きな部屋を選ぶ前に、加藤部長がちょっと注釈を入れる。
「図を見れば分かることだが、念押ししておく。過去の事件のせいで使えない三部屋はいずれも主とその家族が常用していた。番号は振られていない。残りの十部屋は縁起を担いで四と九を欠番にしている」
部屋は玄関からホールを通って左へ折れ、続く廊下の片側に並んでいる。一階に五部屋、二階に八部屋。一階の手前から順に家族が使う三部屋があって、それから一号室と二号室。二階に上がり手前から奥へ、三、五、六、七、八、十、十一、十二号室となっていた。
「各部屋の中を見てからじゃだめ?」
ふと思い付いたように、多家良が言った。質問の矛先は和但馬に向いていたが、加藤が勝手に引き取った。
「間取りや調度品は同じだし、使い古された感も大差ないだろ。第一、見てからだと面白くない。さ、早く選んでいこう。一番手になったのは、実光副部長だったね」
「それじゃ、二号室にするわ」
即決する実光。理由を聞かれると、一番静かな部屋になりそうだからと答える。
「一階は実質的に二部屋でしょ? 二つのうちの奥が一番静かかなって。風通しもよさそう」
図面上、一階廊下突き当たりに大きな窓があると分かる。各部屋にも海に面した側により大きなサイズの窓があるが、どれも格子がはまっているようだ。
「そういう理屈か。副部長に想いを寄せる者にとって、隣の席は一つしかない訳だ」
やや茶化した口ぶりの加藤。これに抗議の声を上げたのは、二年の森島奈生子。
「部長がそんな言い方したら、このあと選びにくくなるじゃありませんか」
「そうかい? だとしたら悪かった。今のは忘れてくれ」
忘れられるもんじゃないですよ云々とひそひそ声がしばし続く。
「次、選ぶのは誰だ?」
「ああ。僕や」
上岡が軽く挙手して、その動作のまま、館内図の一点を指差した。
「三号室にさせてもらうわ」
「選んだポイント、聞かせてもらえるかな」
「うーん、たいした理由はあらへん。下が空き部屋で、気兼ねなく歩き回れると思った、くらいやね」
「なるほど、そういう考え方もあるか」
三番目は先ほど部長に抗議した森島。本気で腹を立てていた訳ではなさそうだが、部屋選びは本気で悩んでいる節がある。
「どうしよう……なるたけ女子で固まるのがいいと思ってたのになあ」
「あら、ごめんなさい。言ってくれればよかったのに」
実光が口元を片手の平で押さえつつ、眉根を下げた。確かに、実光が二号室を選んだ時点で、女性メンバーが固まるというのは無理になっていた。
「いえ、根回ししていたら、それはそれで面白みがないので……十二号室にします」
「私の上?」
「できる限り静かにしますから」
「あの、防音はかなりしっかりしているようだから、そこまで気にする必要はないと思います、です。見たところ、気密性高いです、はい」
多家良が口を挟んだ。暗に、「今の森島さんの発言もまた、部屋選びに影響を与えかねない」と言いたげであるのだが、当の森島に察した様子はない。
その後は一年生がしばらく続き、めいめいが選んでいった。この頃になると誰も選んだ理由は聞かなくなっていた。部屋決めに時間を取りすぎだと、皆感じ始めたのかもしれない。
唯一、力沢が部屋を選ぶ時点で、まだ一号室は空いていたこともあり、「力沢は一階の方がいいんじゃないか。念のため」と部長が水を向ける場面があった。
「船酔いを心配してくださってのことでしたら、もう大丈夫です。地面の上であれば、二階だろうが十階だろうがへっちゃらですよ」
こうして最後に残った二つが、一号室と四号室。選ぶのは王子谷である。
「……和但馬君」
「何?」
「真剣に、事件が起きた部屋の隣になりたい?」
「え? いや絶対的なこだわりはないよ。隣になったからと言って、壁に穴を開けて覗ける訳でなし。君の自由意志でどうぞ」
「いいんだね? じゃあ遠慮しないよ」
王子谷は一号室を取った。
「我が部の中でも指折りの寡黙な一年生が隣だと、ますます静かな環境になりそうね」
実光が冗談交じりに言った。
「それでは、長らく掛かりましたが、これで決定と。使ってみて不都合があったり、部屋を交換したくなったりしても、僕に言わないでください。そういうときは当事者同士、話し合いでお願いします」
和但馬はそう締めくくると、右手の平の上でカードをまとめ、リュックのポケットに戻す。そのまま今度は鉛筆を取り出すと、部長が用意した館内図のコピーに、各人の名前を書き込んでいった。
一.王子谷 二.実光 三.上岡 五.和但馬 六.加藤
七.柳沢 八.多家良 十.力沢 十一.中谷 十二.森島
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