第6話 十鶴館で起きた出来事 その2
「え」
聞き手の何割かが息を飲む。
「見付かったのは、館の裏手の――この辺り」
大雑把な地図をホワイトボードに描き、黒丸を打つ加藤。海側から見て向かって右上、舗装されていない山道がゆるゆると続く、その途上といったところか。
「この辺りから崖下に落ちたと見られる」
「転落死、ですか」
柳沢の尋ねる声が震えていた。強面には似合わない反応だった。対する加藤部長は、淡々と続きに入る。
「そういう所見になるのかな。首の骨を折っていた。だが、単なる事故でないことはじきに分かった。左側頭部にあった痕跡から、角のある物体がぶつかったないしは角のある物体で殴られたことが素人目にも容易に推測され、転落する直前に立っていたと推測される場所を念入りに調べると、木の枝からワイヤーが垂れていた。ワイヤーの先端は輪になっていて、ちょうど千鶴の頭の高さに来る。ああ、話が前後したが、倒れている千鶴を見付けた後、できる限り速やかに救急へ一報を入れていた。が、事件性が強く疑われたため、追加で警察へ通報している。
ここからは警察の捜査により分かったことになる。ワイヤーの輪になった部分には、大きめの砂粒みたいな物がたくさん付着しており、それは千鶴が持って来たプレートと同じ成分だと鑑定結果が出た。さらに捜索を重ね、警察の出した犯行の模様は――犯人はプレートを盗み出したあと、千鶴を密かに呼び出した。呼び出した場所には見えにくい位置に糸が仕掛けてあって、その糸はワイヤーに連動し、ワイヤーの輪っかにはプレートが結わえてあった。やってきた千鶴の足かどこかが触れることによって、糸が切れ、ワイヤーが振り子の如く動き出し、千鶴の頭部にヒット。バランスを崩した千鶴は転落死、首の骨を折って絶命した――という結論になった。あ、プレートそのものは輪っかから外れて、海に落ちていたのが捜索で見付かっている。大きく二つに割れていたそうだ」
「犯行の状況としてその結論でいいんでしょうけど、肝心の、誰がやったかについてはどうなんですか」
力沢が気負い気味に聞いた。
「残念ながら犯人は分かっていない。常識的に考えるなら、館周辺にいた人達が容疑者で、うち、両親は動機面から言ってあり得ない。家族以外ではまず、セレモニーを取り仕切る進行役として、入善藍吾のマネージャーを務める女性と船を操った船長がいたが、この二人はお互いにずっとクルーザー内にいたと証言し、アリバイがある。
それから、千鶴と同じ大学の親友というのが四名来ていたが、実際のところ“親友”と呼べるほどの仲ではなかった。千鶴はほとんど大学に行ってないのだから、しょうがないとも言えるが……ともかく、休学中の千鶴との付き合いを面倒に思っている者もいたし、意中の男子学生が千鶴のことをしょっちゅう気に掛けるので嫉妬していた女学生もいたという。だからこの知り合い連中には動機があると言えなくはない。ただ、彼らが巣座島を訪れたのはこのときが初めてで、そんな状況なのに機械的な仕掛けを即興で作れるか?という疑問が湧く。
警察の調べで、仕掛けに用いられていたワイヤーは、建設資材の一つだと分かっているんだ。そうなると建築作業員が怪しいと思われたが、当日はセレモニーの予定があったから、メインの作業はほとんどなく作業員は基本的に休みだった。内装を受け持つ男三名がいたのみで、いずれも千鶴との関係性は薄い。プレートのはめ込みは、三人の中の一人がやる段取りだった」
「学生の誰かが仕掛けを持ち込んだ可能性はあるし、作業員にしたって、千鶴さんは建築途中に何度か姿を見せていたでしょうから、勝手に恋心を抱いて執着していたかもしれないわ。女子学生から嫉妬されるほどに、千鶴さんは美しかったんだろうしね」
実光が簡単ながら推理を披露する。
「なるほどと言いたいけれども、それくらいなら警察も考えたようだ。結論としては、学生が同じ型のワイヤーを持ち込むのはよほどの偶然が働かない限り無理。作業員三名は内装のみの担当で、館の内装が始まってからセレモニーの日までに千鶴は来ていないと分かった。あるとしたら、セレモニー当日に見て一目惚れして、いきなり襲ったというこれまた無理のある想定になりそうだ」
「作業員についてはもういいわ。その日が初対面だったなら、千鶴さんが呼び出しに応じる訳ないもの。学生の方は保留ね。何らかの凶器を準備し、持ち込んだけれども、現場に来てみてワイヤーを見て閃いたのかもしれない。やっぱり可能性は低いでしょうけどね」
「お言葉になりますけど」
多家良虹穂が口を開いた。徐々にだが、おずおずとした感じがなくなりつつある。
「方法は横に置くとして、学生の誰かが犯人ならどうして巣座島で犯行に及んだのか、合理的な説明がいると思います」
「ああ、確かにそうね。加藤君、その親友さん達は普段から日常的に、千鶴さんと顔を合わせていたのかしら」
「たまに様子を見に、橋本家を訪れていた。尤も、千鶴が正式に休学してからは足が遠のいていたようだけれども。その辺りの詳細は不明だ」
「千鶴さんは人目を避けて、ほとんど外には出なかったのよね?」
「そう聞いた」
「だったら、セレモニー当日に狙うのは、それほど不自然じゃない気がするわ。橋本家を訪れて襲うのに比べたら、まだましっていう程度だけれどもね。――上岡君は意見ないの? こういうの好きなくせして、さっきから黙りこくってばかり」
急に話を振られたせいか、ずっと腕を組んでいた上岡はそれを解き、「僕?」と自らを指差した。
「いや~、実際に起きた事件やと思うたら、下手なこと言えんて」
「言えないだけで、考えていることはあると見たんだけれど、披露する気はない?」
「……ま、犯人が誰や彼や言うんやないし、話すのはかまわへん。現時点で思い付いた、素朴な疑問と思うてくれればええ」
「分かった。拝聴しようじゃないか」
加藤が主導権を握り直し、上岡を促した。
「みんなは妙に感じんかったかな。心に衝撃を受けて寝込んでた千鶴嬢が、呼び出しに応じるもんやろか?って」
場が少しざわつく。
「言われてみればってやつだな」
「ん? 加藤部長、そういう反応をするからには、警察は気にしてへんかったんか、僕の今言うた疑問を」
「警察は、犯人がプレートの返却をエサにして千鶴を呼び出したのだと、決め打ちしていた」
「ははん、なるほどな。だけど誰にも言わずに出て行くほど、プレートが大事なんか? 作り直しが利くやろに」
「確かに、一理あるね。セレモニーが延期を余儀なくされることくらい、千鶴にも想像が付いただろうし」
「せやろ。思うに、呼び出したんは一定以上に親しい仲の人間に限られるとにらんどる」
「親しいとなると、結局は学生か両親……」
「いや、そこまで具体的なことを言うつもりはあらへん。極端な例を出そか。内装の作業員の一人は、元々千鶴嬢と顔見知りやったんかもな。建築中の館の話をどこかで聞いて、千鶴嬢に接近するために、仕事に応募したらうまい具合に採用されたんかもしれん。――てな具合に偶然を考え出したら、きりがない言うこっちゃ」
上岡が喋り終わると、感嘆するような雰囲気が場に漂った。
「喋らないと思ったら、やっぱりしっかりと考えていたのね」
「水を差すんは本意やないから。今みたいなこと言うと、みんな想像でものを言いにくくなりかねんと思うたんで。さあ、みんな、気にせずに創造力を発揮して、空想を膨らませよう!」
最後の方はわざとらしい標準語、いや関東なまりになっていて、そのおかげだろう、空気がまた戻った。
「話をだらだらと長引かせるのもなんだから、橋本千鶴の転落死に関しては、この辺で一旦切り上げる。次が本命、と言うのも変だが、館の中で起きた事件について話そう。千鶴が亡くなって約一年後の話になるんだが、実はこの件、警察の捜査が入っていない。それ故に公に知られることがほとんどなく、ひっそりと伝わっているそうなんだ。実に興味深いと思わないか?」
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