第10話 館の戸締まり

「外部からの介入はしばらく期待できないと覚悟を決めた方がよさそうだ。となると、僕らがやれるのは、犯人を捜しつつ、身の安全を確保する、だろうな。あと、細かい話をすれば、遺体をあのままにしておいていいものかどうかとか、凶器となったロープ状の物の捜索とか」

「ああの、部長」

 部長の演説めいた方針発表に、王子谷がどもりながらも口を挟んだ。

「何だ」

「今言われたことも大事ですが、先に根本的なところを詰めた方がいいんじゃないでしょうか」

「根本的、とは?」

「犯人が僕らの中にいるのか、いないのか、です」

「そう、だな」

 ため息をつく加藤。言われなくても百も承知だったが敢えて避けていた、なのに……といった節が垣間見られる。

「昨晩は皆、比較的早めに自室に戻り、床に就いたと思う。十時か、遅くとも十時半には全員が部屋に籠もった。皆にははっきり伝えていなかったかもしれないが、僕は用心のため、玄関を施錠したんだ。僕らの他に誰もいないとは思ったが、念のために」

「別にそれくらいは構わないというか、当たり前ではないでしょうか」

 中谷が疲れた声でゆるゆると言った。実光とともに遺体の第一発見者になったのは、やはりショックが大きかったようだ。

「うん、身を守るという意味では、ね。そのとき僕は他の出入り口――勝手口や廊下の窓も見て、戸締まりは完璧だったと保証する。しかるに、この十鶴館に入り込んだ第三者は存在せず、僕らの中に犯人がいるという結論が導き出されてしまうんだ」

「あ――」

 座ったままぞくりと全身を震わせる仕種を見せたかと思うと、ふらつく中谷。彼女を、隣に座る多家良が手をやって支えた。

「中におる者がどこかを開けて、第三者を引き入れた、っていう想定が成り立つ余地はある」

 上岡が仮説を出し、続けて自ら否定に入る」

「仲間内に犯人がおらんいう安心感を得るには、この考え方は無意味やな」

「……いや。手引きをしたのが森島君だとしたら。死者を冒涜するつもりはないが、現時点で考えられる仮説の一つとして聞いてもらいたい」

「何かの理由があって、彼女が第三者を館内に入れてあげて、そいつに殺されたって言うんですか?」

 力沢が大きめの声で言った。納得できていないのは明白だ。目上相手に、詰め寄らんばかりの勢いがあった。

「加藤部長、本物の事件が起きて、調子が狂ってるんじゃありませんか? 何で森島さんがそんな真似しなくちゃいけないのか――」

「待て、待ちぃや、力沢」

 上岡が二年の後輩を止めに入る。力沢の身体を広げた腕で遮り、それから正面で向き合う。

「そんな熱うならんでも、今の説は否定できるやろ。論理的にや」

「論理、的?」

「かっかしとる頭じゃ無理かもしらんが、ミステリ好きなら気付くはずやで。鍵が文字通りの鍵や」

「……外部犯だとしたら、館全体が密室状態……」

「そや。――加藤、森島さんが外部の人間を手引きしたとして、そいつが逃げ出したんはどこからや言うねん? その逃走ルートの鍵を、犯人はどうやって掛ける?」

「焦らないでくれ。言っただろ、仮説だと。外へと通じるドアや窓の鍵すべてが内側からロックされていたかは、まだ分からない。これから確かめようじゃないか」

 部長の提案に皆賛成した。が、ここでまた上岡が問題点を指摘してくる。

「鍵をチェックするんはええが、どこも閉まっていたらどうする気や? いや、賢いおまえのことだからとうの昔に想定してるんやろ。現状、一番危ない仮説に辿り着いとるはず」

「そうだね。多分、上岡の読みは僕の考えを言い当てている。勿体ぶっても不利益しかないから、さっさと言うよ。犯人がまだこの館のどこかに潜んでいる可能性もある。戸締まりを確かめるにしても、充分な注意が必要だ」

 空気がざわっと揺らめいた。


 それから短い話し合いを経て、戸締まりの確認は九人全員が揃った状態から始めることに決まった。効率が悪かろうが、これが最も安全だという理屈を採った。その一方で、もし館内に犯人が隠れ潜んでいる場合、全員がひとかたまりになって動くと隙が生まれ、みすみす逃走される恐れが出て来る。それを防ぐための段取りが組まれた。

 まず全員で、一階にある玄関と勝手口及び人が出入り可能な窓一つを調べた。三箇所とも施錠されており、開け閉めに鍵が不要の窓に関しては、夜中に誰も開放してはいないことも併せて証言を取った。

 続いて、その窓を見張るために上岡と力沢が立ち、残りの七人で一階各部屋を見て回る。格子が壊されていないかを調べるためだ。個室二部屋に加え、キッチンや食堂、洗面所など共同施設の間にある窓に関して、すべて異常なしだった。

 問題の出入り禁止部屋については、加藤が預かった鍵で解錠し、ドアの外から中をじっと見回すことで代わりとした。客人用の部屋と違い、橋本一家のための部屋は広めに造られていた。故に、人が隠れられるスペースが皆無とは言えない。しかしそもそも鍵がなければドアを開けて中に入り、また施錠することがかなわない訳だから、室内に入り込んでまでのチェックは必要なしと判断された。調べが終わると、橋本一家の三部屋は再び施錠し、封印しておく。

 次に七人が二階に行き、各個室の窓を見て行く。二階から飛び降りるのは犯人にとってもリスクがあるだろうが、絶対にないとは言えない。館周りは砂浜でクッションになる、なんてことはないのだが、あくまでも念のためだ。結果、窓に異常はなく、何者かが隠れていることもなかった。

「ご苦労さん。こっちも終わった。何もなしだ」

 一階に戻ってきて、加藤が見張り役の二人に声を掛ける。

「一応聞くが、見張っていて異常はなかった?」

「無論。ここからは見えんけど、勝手口や玄関を破ろうとする物音もせんかったよ」

「そうか。それは何よりだ」

「加藤先輩にとっては、よくない状況なんじゃないですか?」

 上岡の影に隠れるように立っていた力沢が、三歩ほど前に出た。

「ほう?」

 いかなる理由で?と態度で問い返す加藤。このとき、他の六人は食堂に向かっていたのだが、二人のやり取りを聞きつけたためか、集まり始めた。

「玄関と勝手口の鍵を持っていたのはあなただ。外部の者を招き入れたあと、施錠できるのは加藤部長ただ一人ってことになるじゃないですか」

「力沢君」

 後輩の棘のある物言いとは対照的に、加藤はやれやれと嘆息する。

「落ち着いてくれ。同学年で親しい森島君を亡くしたせいで、冷静さを保つのが厳しいのは分かる。でもここは冷静になるよう、努めるんだ。下手をすると、命取りになるぞ」

「ど、どういう意味ですか、その言い方。こういう場合、鍵を管理する人物を怪しむのが常識でしょうが」

 同意を求める風に上岡を振り返る力沢。だが、上岡は首を水平方向に振った。

「自分も部長と同じ考えや」

「何故です?」

「力沢、君は外部実行犯説に取り憑かれとる。館ん中をくまなく調べた、その当初の目的を忘れてるやろ?」

「当初の……それは、外から入って来た奴がいないかどうか」

「それだけじゃない」

「……あ。外部の者が出入り不可能だったなら、中にいた全員が容疑者になる……んでした」

 基本的かつ肝心なポイントを失念していたと気付かされ、見る間に狼狽が広がる力沢。加藤へ向き直ると、「すみませんでしたっ」と頭を下げた。

「気付いてくれたんなら、冷静になれたんならいいよ。気にしちゃいない。今後、僕らは互いに互いを疑うことになるかもしれない。そんなとき、僕一人を容疑者に決め付けるのは、君にとって大変危険だと言いたかった」

「は、はい。分かりました」

 項垂れてその場を離れる力沢。これでひとまず状況が落ち着くかという流れだったが、そこへ「ついでにいいですか?」と手を挙げた者がいる。

「何だい、多家良君」

 振り返り、一年生部員に尋ねる加藤。そのまま歩き出した。

「正直言って、疲労感を覚えている。休憩のため、食堂に移動していいかな。休みながら話は聞くよ」

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