第4話 新しい扉
ヴィクター・ドヴォルザーク。
レーヴェンス神聖国聖騎士団の副団長にして、ドヴォルザーク公爵家の跡取り息子。
騎士の割には優男のようなすらりとした
そんな彼は今。
脳内で――、絶賛萌えフィーバーを起こしていた。
◇
――セシリア・マーヴェル。
次期筆頭聖女の最有力候補とまことしやかに
そんな彼女が今、ヴィクターの目の前で、あられもない姿を見られたことに恥じらい、あまつさえ失恋をして傷ついていると弱音を吐いていた。
そんなセシリアの姿に。
ヴィクターは――猛烈にときめきを覚えた。
(え、なにこれ。……ものすごく可愛くないか?)
洗濯していた下着を風に飛ばして追いかけてくるとか、ドジっ子ですか?
ていうか、なんで洗濯をしに来て、着ている服まで洗濯しちゃうんですか?
お兄様が結婚するからショックで落ち込んじゃうとか何それ。可愛すぎる。
普段の
最初は、あられもない姿で下着を風に飛ばされながら現れ出て来たセシリアを見て、よもや暴漢に無体な目にでも合わされたのではないかと怒りが立ち
実際に話を聞いてみると、なんのことはない単なるちょっとしたこちらの勘違いで、むしろセシリアの行動の
そうして――、兄の結婚に打ちひしがれるセシリアが「今後、兄の祝いの場に出るときに、素直にお祝いできるか不安だ」といじらしくこぼすのを聞いて。
ピン! と、持ち前の頭の回転の速さで
だったら――、お兄様の結婚の祝いの席に、自分をエスコート役として連れて行くのはどうか――と。
「おそらく、両家の関係から
なんだったら、家族の顔合わせの際にもセシリアの友人だと言ってついて行くことも考えなくもなかったが、さすがにそれは行き過ぎだろうと自答して押しとどめる。
――急いては事をし損ずる――。
ヴィクターは、その温和な顔とは裏腹に、割と知略計略に長けた男なのだった。
(うーん……、可愛い。普段の清楚な感じのセシリア様も魅力的だとは思っていたけれど、ちょっとこれは反則ぐらいに可愛いな……)
これを、ギャップ萌え――とどこぞの世界ではいうのだが、もちろんそんなことはヴィクターは知る由もない。
実際のところ。
ヴィクターはこれまでセシリアに対して、特段強い恋心のようなものを抱いていたことはなかった。
魅力的な女性であることは間違いなく認めるところではあるし、人として尊敬に値するし、彼女のような女性を伴侶にできる男は幸せだろうな――、と思っていたくらいだ。
とはいえ、自分も公爵家の嫡男という立場もありいずれ家の事情で結婚するだろうし、彼女と自分が恋愛という線において
――見ている分には目の保養だし、仕事をするには最上の相手。
それくらいの距離感を持って、これまでセシリアと接して来たヴィクターなのだが。
今まさに、ヴィクターは我知らず、セシリアに胸を強く撃ち抜かれていた。
セシリアのこの姿を知るのはおそらく自分だけ――、というシチュエーションも、それに追い打ちをかけているのもあった。
――可愛い。
もっと見たい。
でも他の人間には見せたくない。
独り占めしたい。
そんな、胸を渦巻く欲望。
今、この瞬間こそが。
割と普段から淡白で、周りに対して関心の薄いヴィクターに独占欲が芽生えた――記念すべき時なのであった。
「……わかりましたわ」
「はい」
(おっと、いけない)
つい一瞬、自分の世界に入りすぎたヴィクターは、目の前の彼女が一体何をわかったと言ったのか理解が遅れてしまった。
「ヴィクター様のご提案。ありがたく受け取らせていただきたいと思います」
確かにヴィクター様のおっしゃる通り、兄の婚約式や結婚式の場に一人でいるより誰かがそばにいてくれた方が気が紛れると思うのです――と言うセシリアに、ヴィクターは内心でガッツポーズを決めた。
そんなにも引きずってしまうほどにリカルドのことを好きだったのかということに驚きもあったが、それよりも今はセシリアと日常的に接点をとるきっかけが得られたことが単純に嬉しかった。
(いや待て待て。だめだだめだ。利己的な喜びで目の前の彼女を
瞬間的に湧き上がった喜びが顔に出ないように気をつけながら、ヴィクターの提案を受け入れると言ったセシリアに「そうですか。少しでもお力になれるようなら嬉しいです」と彼女を思いやる気持ちを忘れずに言葉を返す。
(それにしても。色恋なんて興味ないみたいな女性だと思っていたのに、意外だな……)
そう思い、目の前のセシリアを見つめながら。
彼女が今、現在進行形で失恋に心を痛めているという事実を再度認識したヴィクターは、なんとかして慰めてあげられたらいいのに、という思いを抱きながら彼女を見つめていると。
「あの……、あと。お願いついでにもうひとつお願いがあるのですが……」
セシリアがおずおずと、恥じらうような様子を見せながらこちらに申し出てきた。
「なんでしょう?」
「今日、あの、ここで見たことは」
ここだけの秘密にしていただけませんか、と。
なるほど。
彼女としては、普段の姿からは考えられないようなこのあられもない姿を見たことを、黙っていてほしいということだろう。
わざわざ口止めされなくても自分はあまりこういうことを
――もちろんです。
と内心で口にしかけて。
ふと再び、脳裏に瞬いたひらめきがあり、口にしかけたこととは違う事を口にした。
「う〜ん、そうですね……」
セシリアからの申し出に、勿体ぶるようにしぶってみせる。
「え……」
「内緒にしておくことはやぶさかではありませんが。代わりに私のお願いも聞いてもらえないでしょうか」
「お願い……、ですか」
「はい」
問い返してくるセシリアの言葉に、ヴィクターはうってかわってにっこりと笑みを返す。
「今週の数日。セシリア様に、私を助けていただきたいのです」
「ヴィクター様を、助ける?」
「ええ」
ちょうど、困っていた事案があるというのは事実だ。
また、目の前の相手は、頼み事をする相手としてはうってつけのように思えた。
そんな、ヴィクターの申し出に
(ちょっと、
自分の困り事が解消する目処は立つし、セシリアと会う機会も増える。
ヴィクターにとっては一石二鳥だ。
そうして、いつもと変わらぬ笑みを浮かべているはずのヴィクターを前に、不安げな様子をちらつかせるセシリアを見て、またも「可愛い……」と思ってしまう自分を自覚して。
すっかりセシリア様にハマりかけているなあと思う、ヴィクターなのであった。
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