第19話 くすぐったいです、セシリア様
――せっかくなので、セシリア様がつけてくださいますか?
と、買ったばかりのイヤーカフを、セシリアにつけてほしいと告げてくるヴィクターに。
「わたくしが……ですか?」
「ええ。ここの鏡だと小さくてよく見えないので」
一瞬、
(確かに……、この鏡だと小さくて見にくいというのはわかるけれど……)
そんなに、買ってすぐにつけたいというほど気に入ってもらえたのだろうか?
それならそれで嬉しいけれど……、と思いながら、セシリアは買ったばかりのイヤーカフをつけるためにヴィクターに近づく。
するとヴィクターも、そのままだとセシリアの背丈ではつけづらいということに気づいたのか、やや前屈みになりセシリアが付けやすい高さまで屈んでくれた。
(……なんだか、いい匂いがするわ)
セシリアがヴィクターの耳たぶに触れると、ふわりと心地よい香りが鼻先を掠めた。
遠征地で、それなりに肉体労働もしていたはずだというのに、なぜここまで爽やかさをキープできるのか。
耳たぶに意識を集中させようとしながらも、なんだかだんだん気持ちが落ち着かなくなってきたセシリアは、整ったヴィクターの横顔を見ながら改めて彼が女性にモテるのだということを実感していた。
(そりゃあ、モテるわよね)
ほぼ男所帯の騎士団の中にあって男くさくなく。
いつも柔和な笑みを浮かべていて、物腰も柔らかく。
中性的な美貌を持ち、誰にでも優しい。
セシリアが12歳で見習い聖女として神殿入りした時には、すでにヴィクターも見習い騎士として在籍していた。
後に聞くと、それはほんの半年程の差でヴィクターが早く入っただけではあったらしいが、初めてセシリアがヴィクターを見た時には女子でも騎士団に入る子がいるのだと思ったほどに当時のヴィクターは美少女めいていた。
その後、騎士団内に揉まれて育っていくヴィクターは、成長と共にちゃんと年頃の男性らしく育ち、誰も彼を女性だと思うことはなくなるのだが。
昔からなぜかセシリアは、ヴィクターが誰かから告白されるシーンに出くわすことが多かった。
――人は、あまりにモテすぎる人間を見ると、一歩引いてしまうという思考の持ち主がいる。
そうして、まさしくそれに該当するセシリアという人間は、『ヴィクターがヴィクターだからという理由でモテるのだ』と完結させてしまい、それがなぜかという深いところにまで考えを及ばせたことなど今まで一度もなかったのだ。
――しかし。
この半月――、いや、それよりも少し前。
セシリアが以前よりもヴィクターと深く付き合うようになりだしてからは。
『こんなにも思いやりのあって優しい人だったら、そりゃあモテるわよね』と思うようになった今なのだった。
「あの……、セシリア様。くすぐったいです」
そんな、どうでもいい考え事にふけりながらヴィクターの耳たぶをいじっていたセシリアは、彼からの申告を受けて慌ててヴィクターに謝罪した。
「あ、ごめんなさい。今、着けましたから……」
そう言って、ヴィクターの耳たぶから手を離したセシリアが、彼の方に向き直ると。
お互いの顔の、思いがけないあまりの距離の近さに驚き、思わず大きくどきりと胸が跳ねた。
「あ…………」
「…………」
そう言って同時に顔を逸らした二人は、それぞれがそれぞれの想いで、心臓が早鐘を打つのを必死で抑えようとする。
(な……、なんだろう。ずっと耳たぶをいじられていたから、妙な気分になりそうなのに耐えられなくなって言ったけど。もう少し我慢したほうがよかったのだろうか……)
と胸に手を当てるヴィクターと。
(え……? なに、今のドキッ、て。単に顔が近かったから驚いただけよね?)
と、少し熱くなった頬を落ち着かせるために、両頬に手を当てるセシリアと。
サイラス団長あたりがここにいたら「……おまえらもうとっとと付き合っちまえよ」とでも言われてしまいそうな様子の二人だったが、残念な事に、ここにサイラスはいないのであった。
(……ダメだわ私。ヴィクター様に甘えすぎよ)
胸のドキドキが少し落ち着いてきた頃、セシリアは心の中でひとり自分を戒めた。
彼が――、思いやりがあって優しいから。その優しさを享受して甘えることに慣れ過ぎてしまったけれども。
(いつまでたっても甘えたままこんなことをしていたら。もしヴィクター様に恋人ができた時に、わたくしがおじゃま虫になってしまうじゃない)
自分がヴィクターの相手になる――という意識は、セシリアの中で無意識に
確実に、セシリアの中でヴィクターに対しての想いが募っているのに、どうしてもそれを認めようとしない部分が芯の部分にあった。
(わたくしがヴィクター様の周囲をちょこまかとすることで、彼の幸せの邪魔をしてはいけないわ)
そう思ったセシリアは、ここのところ無意識に、かつ無自覚に近くなっていたヴィクターとの距離を、気持ち広めに取った。
「セシリア様?」
「いえ……。ヴィクター様、そろそろ戻らないと」
突然の距離感にキョトンとするヴィクターに、セシリアが満面の笑みで返す。
確かにセシリアの言う通り、昼過ぎに宿営地を出た頃よりも、辺りは陽が傾きかけていた。
明日は一団で聖都へ戻る予定なのだが、その前日である今夜は、全体で軽い慰労会のようなものを催す予定もあった。
「……そうですね。つい楽しくて、時間を忘れてしまいました」
セシリア様からの頂き物、大切に着けさせていただきますね、と笑ったヴィクターの笑顔に、セシリアの心の奥底で何かがじわりと疼くのを感じたが。
そのことは、胸の奥に固く封じ込めて、気付かないふりをした。
――そして、その夜。
セシリアが飲み会で、酔っ払って近付いてきた騎士のひとりに「セシリア様は、ヴィクター様とお付き合いをされているのですか!?」と勢いづいて聞かれたことも、セシリアが自分の気持ちに蓋をする一因となる。
そうして、せっかく解けかけていたセシリアの心を再び凍結させた男は、その後シラフだった周囲の騎士たちからめちゃくちゃに説教され、頭を冷やせと頭上から水をぶっかけられることとなるのだった――。
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