第18話 デートとお土産とお礼

 そうして、四日かけてスラヴァの災害区まで辿り着き。

 取水場のちょうど上流で起こった土砂崩れを修繕するために簡易宿舎を設営した。


 土砂崩れ現場の修繕作業は主に騎士団の団員が。 

 都市部には水の生成ができる聖女と浄化ができる聖女を送り、飲料水や生活用水に困った人々に水が配給できるよう人員を配置した。


 その間セシリアは、工事の内容と日程を確認し、派遣した聖女たちの労働時間と休憩時間のローテーションを組み、現場の騎士団員たちの救護監督も行い、さらに空いた時間には自らも水の生成をしに都市部に行くという強行スケジュールを組んでいた。

 周囲から見ても、一体その華奢な体のどこにそんな体力があるのかというほどに目まぐるしく働いていたのだった。


 そんな日々が半月近く続いた頃には。


 セシリアとヴィクターの仕事における相性も、阿吽あうんと言えるほどに息ぴったりなことが周囲にも伝わるようになり、その反面、裏ではヴィクターがセシリアの日常生活におけるフォローをするのが当たり前になっていた。


 遅い時間になってもまだ働こうとするセシリアをヴィクターが切り上げさせ、簡易宿舎の部屋まで引きずっていく。

 そうして、うとうとしだすセシリアに食事を与え、歯を磨かせ、顔を洗うよう促し、足を拭いてあげてから寝台に入れるのだ。

 流石に風呂に入れてやるわけには行かないのでそこは割愛しているが、それは朝起きてなんとかセシリア自身で頑張っているようだった。


 食事を摂る体勢も、うっかりするとセシリアが寝てしまうのでヴィクターが背中からセシリアを抱え込みながら食べさせるという、二人羽織の抱き込みバージョンみたいな形になっていった。


「セシリア様、寝ないで。ご飯食べてください」

「ん……、はむ……」


 ともすると、ヴィクターの肩を枕にして眠ろうとし出すセシリアの頬を、軽くぺしぺしと叩く。

 そうすると、なんとか意識を取り戻したセシリアが、口元まで差し出されたスプーンをぱくりと加え、もぐもぐと咀嚼し出すのだ。


 ここまでくるともはやセシリアの母親と言われても仕方のないくらいの庇護っぷりだが、ヴィクターとしては、最近ではセシリアがふたりきりになった時ヴィクターに対して甘えるような様子を見せるようになってきたり、ヴィクターの前でしか見せない表情を出すようになったのが、彼の密かな喜びだった。



 ◇



 そうして、約半月に及ぶ水害支援活動がようやく終わりを迎え。

 支援活動に参加したメンバーは、聖都への帰還前にねぎらいとしてスラヴァでの休暇が与えられることとなった。


 そんな中、ようやく休日を与えられたヴィクターは、同じく休暇を取れることになったセシリアに街での買い物に付き合ってもらえないか声をかけたのだった。


「お土産、ですか?」

「はい。ミーナに何か買って行ってあげようと思うんですが、年頃の女の子が何を喜ぶのかがわからなくて」

「でしたらちょうどよかったですわ。わたくしもミーナに何かお土産を買いたいと思っておりましたの」


 ヴィクター様と一緒に選べるのでしたら、きっとミーナが喜んでくれるものを選べますわ、とにっこりと笑うセシリアに、ヴィクターも内心でガッツポーズをとる。


 商業という点においては聖都よりも賑わいのある街並みを、セシリアとふたり並び歩きながら、ヴィクターはミーナへのお土産を見繕う。

 それがまるで、別にセシリアとはまだ付き合っているわけでもなんでもないのだがデートをしているように思えて、ヴィクターは内心でうきうきと湧き立っていた。


 その道中に、セシリアがふと、街の露店に目を止めながら、ふと思いついたようにヴィクターに向かって様子を伺うように尋ねてきた。


「……あの。せっかくなので、わたくしからもヴィクター様になにかお礼の品を差し上げたいのですが」

「お礼ですか?」

「ええ」


 今回の遠征はヴィクター様の助けのおかげで大分快適に過ごせましたから……と、どことなくモジモジとはにかみながら言い出してくるセシリアに、ヴィクターは胸中で感涙した。


(可愛い。そして気遣い屋さんなところもとても可愛い……)


 たいしたことはしていませんから――、と辞退しようかとも思った。

 実際にたいしたことはしていないし。

 市長や自治体、近隣貴族たちとの交渉、その他、責任者としての大部分を負ってくれたセシリアに対して、ヴィクターはそのサポートと工事監督、騎士団員たちの管理くらいしかしていなかったのだ。

 日々のセシリアに対する献身も、どこかその罪滅ぼしに近い気持ちでやっていたこともあった。

 

 だけど、それ以上に。

 『セシリアが自分に送ってくれるというプレゼントが欲しい』という気持ちがまさった。


「お気遣いなく……、と言いたいところなのですが。正直、セシリア様から何かいただけるというお話は、とっても嬉しいです」


 別に、高いものでなくてもセシリアから貰えるということが嬉しいのだとヴィクターが主張すると、セシリアが「じゃあ、頑張ってヴィクター様に何がいいかを考えて選びますね」と微笑った。

 もはやその言葉と笑顔だけで、尊すぎて萌え死にしそうなヴィクターなのであった。


「なにか……、ヴィクター様が欲しいと思うものがあればよいのですけど……」


 なにがいいのかしら、と、むむむと口元に手を当てるセシリアに対して、「セシリア様がくださるものでしたらなんでも嬉しいですよ」とにっこり返すヴィクターなのだったが。


「――あ。じゃあセシリア様、あれは」


 そう言ってヴィクターが見つけて指差したのは、


「アクセサリーですか?」

「イヤーカフです。セシリア様に祝福をかけてもらったものをお守りがわりにつけてたら、ご利益があるんじゃないかと思って」

「そういえばヴィクター様は、普段もよく耳飾りをされてらっしゃいますものね」

「流石にこういった遠征まではしてきませんけどね。一種のはくけです」


 露天で売られているアクセサリーの屋台を指差したヴィクターに誘われてたどり着いた二人は、そこで並んでどれが良いかをうんうんと悩みながら選んだ。


「これなんかどうでしょうか?」

「ああ、素敵ですね」


 そう言ってセシリアが選び出したイヤーカフを店先に置かれた鏡で当ててみたヴィクターは、どうやらそれを気に入ってくれたのか満足げに微笑んだ。

 その様子にホッとしたセシリアは、「じゃあこちらで」と店主に言って会計を済ませて、購入したイヤーカフをヴィクターに渡そうとした。

 のだが――。


「せっかくなので、セシリア様がつけてくださいますか?」


 と。

 いつもと変わらぬ笑顔のヴィクターが、まったくやましさを感じさせることのない様子で――、セシリアに向かってそう告げてきたのであった。

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