第17話 ダメ聖女とスパダリ騎士

 ヴェルドからスラヴァへの道程は馬車で四日ほど。

 早馬を使えば半分以下で行けるが、救援物資や資材を積んだ道程だとどうしても日数がかさんでくる。

 途中、立ち寄れる街があれば施設を借りて休むこともできるが、人数が多いためほとんどの場合は夜営である。


 自然、全体指揮をとりながら派遣聖女たちの管理をするセシリアと、騎士団の管理をするヴィクターのやりとりは多くなる。


 のだが――。


(大丈夫か? セシリア様)


 ヴィクターが見る限りセシリアは、常にフル稼働フル回転でお仕事モードなのだ。

 オフモードのセシリアを知らないままだったら「流石セシリア様だなあ」で済ませていただろうが、知ってしまった今となってはハラハラと見つめるばかりである。


「あれ? セシリア様は?」


 三日目の夜。

 夕食の席にも顔を出さず、確認しておこうと思うことがあったのでセシリアを探していたヴィクターなのだったが、尋ねた聖女の一人に「セシリア様なら、ちょっと休憩すると言ってご自分のテントに行かれました」と言われた。


 セシリアやヴィクター等の責任者クラスは、夜営のテントは一人一幕与えられている。


 多分、食事もまだなんだろうなあと思ったヴィクターは、セシリアの分の食事をトレイに乗せ、セシリアにあてがわれた夜営テントを訪れた。


「セシリア様? いらっしゃいますか?」


 テントは開けず、そう言って外から声をかけると、中から「はい……」とかすかな返事が聞こえた。


「ヴィクターですけど。今少しよろしいですか?」


 そう声をかけると、中から入口がシャッと開かれ、少し寝ぼけ眼のセシリアが出てきた。


「すみません、少し、落ちてました……」

「……。お邪魔してしまって申し訳ありません。食事、まだかと思いまして」

 

 言って、ヴィクターが手に持った食事を示して見せると、「ありがとうございます……、助かります……」と答えたセシリアがヴィクターにそのままテントの中に入るように態度で示した。


(……中に? まあ、本人がいいって言うなら入るけれども……)


 はたして、妙齢の男女がひとつテントに二人きりになるというのはどういうことか。

 信頼されているのだと思えば嬉しくもあるが、異性として見られていないと思うと少し傷ついたりもして。


 そうして、セシリアに食事の乗ったトレイを渡し、忙しくないのかとか、できることがあれば手伝うといった当たりさわりのないことから話題を振ったヴィクターだったのだが、トレーに乗ったさじを手にしたセシリアは、疲れのせいか何度もさじを取り落とし。


「……セシリア様。あの、お嫌でなければ、私が食べさせて差し上げますが……」


 ――これではいつまで経っても食べ終わらない。

 そう思ったヴィクターが、差し出がましいかと思いながらも申し出ると「まあ……、ほんとうですか? ありがとうございます」とセシリアがふわりと笑うので、その笑顔に少しどきりとしながらヴィクターはセシリアからさじを受け取った。


(というかこれ、完全にオフモードだな……)


 もはや半分、夢現ゆめうつつである。

 よくこんな状態で遠征の指揮を取るとか言えたものだと思いつつも、実際に指揮自体は完璧に取れているので文句のつけようもないのも事実であった。


「セシリア様、口を開けてください」


 ヴィクターはセシリアに食べさせやすいように彼女の隣まで移動し、食べ物をのせたさじを口元まで持っていくと、ぱくりとセシリアが口に含む。

 どうやら、他人に口元まで持って来られると食べることはできるらしい。


 口の中のものを嚥下えんかしたタイミングを見計らい、次の食事を口元まで持っていくと、またパクリと口にして幸せそうにほっこり微笑みながらもぐもぐと咀嚼そしゃくする。


(……なんだか、ひなに餌付けしている親鳥のような気分だ……)


 そうはいうものの、口元に持って来られた食事をもぐもぐと咀嚼そしゃくするセシリアの様子が可愛らしいのも事実で。

 なんだか妙なときめきを覚えながらセシリアに食事させるヴィクターだったが、だんだんと食べさせられる側のセシリアも慣れてきたのか、気づくと隣に座るヴィクターに甘えるようにもたれかかってくるようになっていた。

 セシリアがもたれかかってくるヴィクターの左側の腕が、彼女の体温でほんのりと熱を持つ。


「セシリア様。これでもう終わりですよ」

「ありがとうございます……、ごちそうさまでした」


 はあ……、と満足そうに微笑むセシリアは、そのままヴィクターの肩にもたれかかったまま寝てしまいそうな勢いで。


「セ……、セシリア様……! 寝るならちゃんと寝袋で寝てください!」

 

 あと寝る前に着替えなくてもいいんですか……!?

 顔と足も洗ってないし。

 歯も磨いてないんですけど……!


「む……、明日の朝まとめてやります……」


 そう言いながらもにゅもにゅと、ヴィクターの膝を枕にしようとしだしたセシリアを見て、ヴィクターは思ったのだった。


 ――だめだこれは。

 

 結局、そのまま眠ろうとするセシリアをなんとか食い止め、桶に水を入れて持ってきて、顔洗いと歯磨きと足を洗うまでは手伝ってあげた。




 こうやって、この遠征の間に。

 本人たちも無自覚のうちに、世話する側と世話される側で距離がぐんぐんと近づいていくこととなるわけなのだが。


 二人の距離感が妙なことになっていることにお互いが気づくのは、もう少し後のことである。

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