第16話 遠征の始まり
――その年、レーヴェンス神聖国における第二の都市スラヴァで、水源としている山岳地に土砂崩れが起こった。
それにより、通常通りの水源の確保が難しくなった第二都市に対して、聖都からも人材派遣を行い支援するという案が立案された。
そうして、その立案者は他ならぬセシリアであった。
「現在、現地でも復興作業は進められておりますが、夏を前にして蓄えられた水量は十分であるとはいえません。水の浄化を行える聖女と、土砂災害によって崩れた水源林を復興させるための人員の派遣を至急行います」
水は、どの時代においても人が生きるための命綱であり、確保すべき最優先事項である。
水害における復旧が遅れれば遅れるほど民衆への影響も大きくなる。
それを案じたセシリアが、いち早く支援に対する策を立案し挙手したのだ。
もちろん、会議の中で、セシリアの案に否を言うものはいなかった。
聖都ヴェルドが、レーヴェンス神聖国の奥地にある聖地とすれば、スラヴァは外交の要となる交易都市である。
ヴェルドを訪れる人は、どの国から入ってきても必ずスラヴァを経由してヴェルドにたどり着くことになる。
つまりは、多くの異国人たちが行き交うスラヴァに対する復興の速度が、レーヴェンス神聖国の国力を示すとも言われるわけで。
「しかし……、この時期にこれだけの人員が集まりますかな? 夏季休暇を取り出す者も出始めるこの時期に」
「聖女に関しては既にわたくしの方で候補を立てております。それ以外の復興の作業人員に関しては聖騎士団の皆様にご助力いただけますと」
「聖騎士団のほうも大丈夫でーす。どのみち演習のために日程を組んでいたんで、そっちの人員を災害支援に割くことにすればいいしな」
セシリアの案に対して渋い顔を見せる老司教と、毅然と応えるセシリア。そしてセシリアの案を肯定するように助け舟を出すサイラス騎士団長。
支援に出す人数調整をどうするかは問題ではあったが、災害地域への支援事態は誰も否定することはなかった。
「現地での統括監督にはわたくしが直接
「では、騎士団からは私が現場監督として出向します」
そう言って手を挙げたのは、他ならぬヴィクターであった。
「ちょうど、演習の監督役も私の予定でしたし。引き続きこちらは私が引き継ぎ、聖都の守りと統括は団長がいれば問題ないでしょう」
人の良い笑みでそう告げるヴィクターに、否の声をあげるものは誰もいなかった。
こうして。
夏を目前にした聖都において、水害復興対策委員が置かれたわけだったのだが――。
◇
「お前。
会議後、各々の持ち場に散りゆく人々の中で、そう言ってこっそりと騎士団長のサイラスがヴィクターを
「何を
「どうだか……」
呆れた様子で呟くサイラスに、ヴィクターは素知らぬ顔で微笑する。
確かにサイラスの言う通り、この支援遠征がセシリアの企画で、しかもセシリア自身が
だが、そうでなかったとしても、団長のサイラスが聖都を守り、副団長の自分が遠征を指揮するというのも至極妥当な案であり、自分が手を上げなくてもサイラスがそう指示を出したであろうことはお互いに分かりきっていることでもあった。
それでもサイラスがちくちくとヴィクターに口を
それにしても――、とヴィクターは思う。
(あの人――、セシリア様は。あんなに仕事の時以外はゆるゆるなのに、遠征の時はどうするのだろう。それとも、遠征の時は四六時中仕事という意識でずっと気を張っているんだろうか?)
先ほどの、きりりとした仕事モードでテキパキと采配をふるうセシリアを思い出しながらヴィクターは思う。
あれを四六時中やっていたら相当に疲れるだろうに。
そんなヴィクターの思いをよそに、遠征の準備は着々と進んだ。
もともと、ゆっくり準備をして出発するといった
なんといっても水害支援なのだし。
そうして、あの会議の翌日。
ほとんど急ピッチで進められた緊急水害支援団は聖都を出発をした。
セシリアをはじめとした聖女たちは支援物資と一緒にに馬車に乗り込み、護衛兼実労働者の騎士たちは、荷馬車を守るように騎乗して。
その間、お互いに忙しかったため、ヴィクターとセシリアが特に会話を交わすことはなかった。
どちらかというと忙しかったのはヴィクターというよりは全体指揮をとっていたセシリアの方だったのだが。
最近はほわほわしたセシリアの方をすっかり見慣れてしまっていたが、やっぱりこの人、有能なんだな――と思いながらセシリアを見つめる、ヴィクターなのであった。
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