第20話 セシリア様とヴィクター様はお付き合いをされているのですか



『セシリア様はヴィクター様とお付き合いをされているのですか!?』


 良くも悪くも空気の読めないその騎士が、セシリアに向かってその質問をした時。


「違いますよ。確かに、最近は親しくさせていただくことは増えましたけれど」


 まだまだ至らぬ身ですし、聖女としての勤めを果たすことが楽しくて。

 そういったことはまだ全然考えられませんの――。


 と、にっこりと微笑んで即座に平然と返すことができた自分は、なかなかの役者だったなとセシリアは思う。


 口にしたことは真実、普段からそのまま思っていることではあるけれど、「ほんの少し前まで、兄への恋心をこじらせてのたうち回っていた自分が何を言う」とも内心では思ってはいた。


 でも、そういえば――。


(ここ最近、ヴィクター様が折に触れて接してくださるようになって。お兄様のことで落ち込むことは無くなったわね……)


 おそらくは、彼やミーナの存在がなければ、きっとセシリアの気持ちが癒えるにはもっと時間がかかっていただろう。

 

 アニーが聖女を辞めて、大聖堂内にセシリアが気を許せる人物がいなくなってからは、ある意味セシリアはずっと独りで立ち続けていたのだ。


 筆頭聖女であるクリスティーナのことは敬愛しているし、他の聖女たちのことも可愛らしく愛してやまないとは思ってはいるが、気を許せるというのとは少し違っていた。


 

 ――そんなことを、スラヴァから聖都へと向かう道すがら、馬車に揺られて漠然ばくぜんと考える。



 青空の下、馬車の中から時折見えるヴィクターは今日も凛々しくて格好いい。

 しかしセシリアはもう、あのヴィクターが時々、らしくもないキョトンとした顔を見せることや、ふとした時に少年みたいな顔で笑うことを知っている。


(なんというか。妙に可愛らしいところがおありなのよね)


 セシリアとしては、むしろそんな人間味のある顔を見せる瞬間のヴィクターが好きだったりするのだが――。


 と思いかけて、はっとする。


 いけない。

 なんだかはっきりと理由づけられはしないが、この思考はなんだか良くない気がする。

 そう思って、無理に考えを別の方向へと巡らせようと集中する。


 遠征でスラヴァに向かっている時は色々と気を張っていたセシリアだったが、事を終えて帰る道程ともなると他にも考えを巡らせる余裕もできるようになり。

 行きはまともに食事を取る余裕さえなく、途中野営地のテントで寝落ちするだけだった日々も、今や毎日しゃっきりと元気に過ごす日々である。


 そうなると、忙しい時は多少鈍くなりがちだが、そうでない時はちゃんと周囲を見渡す目を持つセシリアは、否が応でも気づいてしまう。


 移動の合間の休憩中や夜営時に、ヴィクターがチラチラとセシリアを気にかけてくれていることを。

 

 ――理由は分かりきっている。

 

 遠征に向かう道中、散々ヴィクターに心配をさせてしまったせいだ。

 あの時、セシリアがちゃんとしていればよかったのだが、それができなかったが故に甘えてしまった結末が今ここにある。


 ――ちゃんと、しなければ。ちゃんと。


 いつまでもヴィクターに甘えているわけにはいかない。

 彼には彼の人生があるのだ。

 思いのほか――、一緒にいる時の居心地の良さに気づいてしまって、後ろ髪引かれるところが、多分に無くはないが。


 これからはもう、こういう自分のだらしない面で迷惑をかけないようシャンとして、リカルドの結婚がらみの頼み事が終わったらちゃんと元通りになろう。


(うん。そう、決意できる自分に戻ることができてよかった)


 そうやって、自分を顧みて向き合うことができただけで、少しだけ自分を好きになれる。

 セシリアの人生はそんなことの繰り返しだ。


 情けない自分や好きになれない自分も今までにたくさんいたが、その度に辛くてもひとつひとつ向き合って前に進んできた。


 それは、幼くして両親を亡くし、叔父夫妻に引き取られながらも、またさらに12歳で大人たちの社会に入っていかなければならなかった彼女が身につけた処世術。


 周りに手を差し伸べてくれる大人はちゃんといたのに、それでも独りで立つことを選び続けてきた、彼女の真面目ゆえの不器用さなのだった。

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