第21話 若きヴィクターの悩み
神聖国の次代の星、ヴィクター・ドヴォルザークは悩んでいた。
(最近、セシリア様から妙に距離を置かれている気がする……)
――水害支援の遠征から戻ってから。
いや、正確に考えると、遠征の帰路あたりからだったように思う。
ヴィクターが、セシリアから妙に距離を取られるようになったと思うようになったのは。
――何か、気分を害するようなことをしたのだろうか?
あれから何度も考えてみたが、思い当たる節はこれといってなかった。
聖騎士団の執務室で書類を整理しながら、左耳につけたイヤーカフに触れる。
最終日に、一緒にミーナのお土産を買いに行った時も特にいつも通りだった。
これまでのお礼にと言ってプレゼントをくれたくらいだし、あの時までは特に何もなかったのだろうと思う。希望的観測ではあるが。
逆に言うと、その前までの距離感がおかしいくらいに近くなっていたのだが、それとて別にヴィクターの方から迫っていったわけではない。
疲弊したセシリアが、甘えてヴィクターに寄ってくるのを黙って受け入れていただけだ。
一応ヴィクターからも「……セシリア様? 近くないですか?」と忠告は入れているのだ。棚ぼただとは思っていたが。
(……待てよ。逆にそれを今更思い出して、後から意識して恥ずかしくなって距離を置いている、とか?)
――有り得る。
セシリアの性格上、十分に有り得そうなことではあると思った。
(いずれにしても。一度ちゃんとセシリア様に直接聞かないとな)
ひとりで考え込んでいても
それに、セシリア様のことだし、このまま放置しておくとまた変に
――ヴィクターは、他人の性質を良く見抜く目を持っていた。
伊達に若いながらも聖騎士団の副団長をやっているわけではない。
仕事においては超がつくほどに優秀なセシリアだったが、ことプライベートになると途端にポンコツになることを、ヴィクターは
頭が良く、想像力も豊かであるがゆえに、思い込むと明後日な方向に行きがちなことも。
自分の知らない間に、勝手に自分に対して何か
それに――、散々自分も周囲に牽制をかけてきたが、そのタイミングでトンビに油揚げを取られてしまうという可能性も無きにしもあらず。
(うん、やっぱり、早いとこ捕まえて問いたださないと)
同じ職場に一日中いるのだ。
見つけたタイミングで捕まえて吐かせればいいだろう――、とそんな物騒なことを考えていたヴィクターなのだったが。
◇
――しかし。
現実には、今までしょっちゅう顔を合わせていたのはなんだったのだろうと思うほどに、ヴィクターがセシリアと顔を合わせることが激減していた。
意図的ではない――のだと思いたい。
そう思うほどにあからさまな避けられ方はしていない、はずだ。
定期的に行われる聖女部との合同会議等ではもちろん顔を合わせるし、目が合えばにこりと笑いかけてくれる。
まあ、顔を合わせなくなったと仰々しくは言ったが、それとて遠征から戻ってきて二日ほどのことだし。
ヴィクターがセシリアに対してなんとも思っていなかった時であれば、「最近お忙しいのかな?」で済ませてしまう程度のことではあるのだが。
だけど。
――寂しい。
遠征の時は、あんなに毎日一緒だったのに。
主に夜だが。
いや夜と言うと別の意味にも聞こえてしまうからよくないけれど。
毎日顔を合わせない日はなくて。
夜、仕事が終わる頃に、セシリアの世話を焼くために彼女の部屋に行く。
毎晩くたくたに疲れている彼女が華奢な体を自分に預けてくれるのは、ヴィクターのほのかな喜びだった。
男として見られていないのだろうなと思うと歯痒いが、心を許してもらえていると思うと頬がほころぶ。
こんなことで自分は気持ちが浮き立つのだというのも新たな発見だった。
これを機に、もっと彼女と近付くことができたら――。
そう、思っていたのに。
今も、神聖国上層部の国家予算会議が終わると、世間話をする間も無くセシリアはさっさと会議室から出ていってしまった。
こちらを気にかけるそぶりすらない。
(いや――、仕事だし、そうなんですけどね)
ここ最近は仕事上の絡みもないため、わざわざ呼び止めて話をするほどのネタもない。
とはいえ、先日からもやもやと抱えている『セシリア様に距離を置かれているかも問題』の解消もあるし、どこかで一度ちゃんと捕まえて話さなければ。
そう思いながら、自分の残務量と今日のスケジュールを考えながら、どこでセシリアを捕まえようかと頭を回らせるヴィクターなのであった。
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