第22話 避ける理由


 ヴィクターが『もしかしてもしかして――、自分はセシリアに避けられているのでは?』とうっすらと危惧する一方。


 当のセシリアはというと――、実際、ヴィクターを避けていた。

 いや、厳密に言うと、忘れようとしていた、という方が正しいかもしれない。


 遠征での一件から、ヴィクターからの自立を心に決めたセシリアは、これまで以上に気を引き締めて生活しようと心掛けた。

 

 だけどもまた、ヴィクターと接してしまうと、うっかり気持ちが緩んでしまうかもしれない――。


 そう思ったセシリアは、なるべくヴィクターとの接点が少なくなるよう意識して動いていたのだ。

 頭が回り、かつ察し能力の高いセシリアにとって、ヴィクターの大体のルーティーンスケジュールから彼を避けて生活することなど、朝飯前なのであった。

 それ故に、ふたりの接点がこれまで以上に無くなってしまったわけである。


 それにセシリアは、あの時「セシリア様とヴィクター様はお付き合いをされているのですか?」と言われたのを引きずっていた。

 自分とヴィクターの距離が近いことで周囲の誤解を生んでしまうということを知ったセシリアは、自分のせいでヴィクターや他の人間に迷惑をかけてしまうのではないか懸念したのだ。


(わたくしとヴィクター様が恋仲だと噂が立つことで、他にヴィクター様に恋心を抱いている女の子の邪魔してしまうかもしれない)


 ヴィクターからすると本命がセシリアなので他の女子が登場してきてもというところなのだが、ヴィクターの本命が自分だと気付こうとしないセシリアにとってはそれを大義名分に距離を取る理由としているわけである。


(ヴィクター様のことが嫌いなわけじゃない。むしろヴィクター様のことが好きだから幸せになってほしいと思っているんだもの。これはそう、気遣いなのよ)


 そんな言い訳を心の中で浮かべつつ日々過ごすセシリア。

 そうして今日も一日、無事(?)ヴィクターをかわしきり、さあ部屋に帰るか――と思ったところに。


「セシリア様」


 と。

 まさに今、距離を置いている相手から声をかけられ、セシリアはぎくりと身をすくめた。


「すみません、今少しだけお時間宜しいですか?」


 いくつかお聞きしておきたいことがありまして、とにこにこと尋ねてくるヴィクターに、構いませんよとセシリアは答える。


(わたくしがさりげなく避けていることは……、気付いていらっしゃらないのかしら)


 それとなく避けている自信はあったので大丈夫よねと思いながらも、実際に対面したヴィクターの笑顔を見て、やっぱり気になってはいないのだと少しホッとする。


「あの、月末に開催される、リカルド様の婚約披露パーティのことなのですが」

「ええ」

「もし、セシリア様がよろしければ。私からドレスを送らせていただけませんか?」

「え」


 ヴィクターの口から飛び出てきた相談は、セシリアの予想の範疇はんちゅうを超えたものだった。


 リカルドとユフィの婚約パーティーの開催については、既に招待客に招待状が送られていた。

 もちろんセシリアの元にも届いており、日程を確認した後に返事を出してはおいたのだが、まさかそのことでヴィクターからドレスを送るという申し出をされるとはまったく夢にも思っていなかったのだ。


「ドレス――、ですか」

「はい」


 動揺を隠しきり、いつものふわふわとした調子で返事ができた自分を内心で褒めちぎる。


「それは流石に、過分なのでは……」

「ですが、先日いただいたこちらのお礼もしたいですし」


 と、ヴィクターが自らの耳につけたイヤーカフを示して見せた。


「それにしたって、流石に高価すぎる気がしますわ。そんなに高いものをお贈りしたわけではありませんのに」

「値段じゃありません。ということが大事なんです」

「でも……」

「それに、当日のエスコート役は私です。お相手の女性に、ドレスのひとつもプレゼントできない甲斐性無しと思われてしまうのも不本意です」


 確かに、ヴィクターの言うことはもっともである。

 末端貴族である男爵・子爵家ならまだしも、上級貴族である公爵家の嫡男がパーティーのパートナーにドレスのひとつもプレゼントする甲斐性無しとあっては家の名折れだと言うのはよくわかる。

 わかるのだが――。


「ですが、もうすでに、ドレスを仕立てる費用は家からいただいておりますもの……」


 なんとか苦し紛れにそう答えたセシリアだったが、それも別に嘘を言っているわけではなかった。

 先日、招待状とは別に、マーヴェル家からセシリアに『婚約披露パーティー用のドレスを作るように』と手紙が送られてきたのだ。

 費用はマーヴェル家につけて良いから――、と一言添えられて。


「では、もう仕立て屋に注文はされたのですか?」

「いえ、まだですが……」

「じゃあこうしましょう。セシリア様はご自分でドレスを仕立てる。私はそれに合うアクセサリーを贈らせていただく」


 それだったら、妥協案としてはちょうど良くはありませんか? と、にこりと詰めてくるヴィクターに。


(……確かに、ヴィクター様のおっしゃる通り面子のこともある。あまりなんでもかんでも拒否し続けるのも角が立つかしら……)


 そう思ったセシリアは「……あまり、高価すぎないようなものでしたら」としぶしぶながらに了承したのであった。


「ありがとうございます。では、仕立て屋に行く日取りが決まりましたら教えてください。どんなドレスにするのか、ドレスに合わせて選びたいと思いますので」

「……え?」

――」


 そう言うとヴィクターは、セシリアが反論する間も無く、ずい、とセシリアに向かって一歩詰める。

 すると、思わず反射で一歩後ずさるセシリアに対して、ヴィクターもう一歩詰め寄る。

 結果、ずい、ずいっ、とヴィクターから壁際に追い詰めたような形になったセシリアは、逃げ場を失った状態でヴィクターから見下ろされ――笑顔でこう告げられた。


「最近、セシリア様から距離を置かれているような気がするのは、気のせいですか?」


 と。

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