第12話 次席聖女の家族たち

 


 ――セシリアがヴィクターとすったもんだしたり、アニーとお茶をしている間にも。

 

 彼女の従兄弟であり兄がわりの、リカルドの結婚準備は着々と進んでいた――。



 ◇


 

 結局、リカルドの婚約者との家族顔合わせについては、聖都にあるリカルドの婚約者の邸宅タウンハウスで行われることとなった。

 普段は両家ともに主に領地に身を置き生活しているのだったが、ちょうど社交シーズンが始まることもあり双方が聖都に揃ったというのも理由のひとつだ。


 セシリアとしても、わざわざどちらかの領地まで遠出をしないで済むのはありがたい。


 と、その話をヴィクターにしたら、冗談めかして「よろしければ、私が邸宅までエスコートしてさしあげましょうか?」などと言い出して来たが、流石にそれは丁重にお断りした。

 送ってもらうためだけにヴィクターを呼び出すなど、恐れ多くて心臓がもたないと思うセシリアなのだった。




 ◇




 そうして訪れた、顔合わせ当日。


 その日セシリアは、朝から聖都ヴェルドにあるマーヴェル家の邸宅タウンハウスに一度戻り、屋敷の使用人に身支度をしてもらうことにした。

 自室で支度し、途中で婚約者家に向かう家族の乗る馬車に拾ってもらって合流しようかとも思ったのだが、色々考えて一度実家に戻ってから一緒に行った方がいいと思った。


「おかえり、セシリア」

「おかえりなさい」


 久しぶりに帰宅し出迎えてくれた養父母は、変わらず暖かくセシリアを迎えてくれた。

 べたべたとセシリアを構い倒しながらも「ちゃんと寝てるか?」とか「こんなに細くてもう……。ご飯は食べているの?」などと尋ねてくる様子は、血のつながった娘を心配する親そのものだった。


「父上、母上。そのくらいにしてあげてください。セシリアが困っているではありませんか」


 そう言って遅れて玄関ホールに現れたのは、本日の主役でありこの家の嫡男でもある兄、リカルドだ。


「お兄様」

「固いこと言わないでちょうだいリカルド。セシリアとはたまにしか会えないのよ?」


 会えたときにこうして補給をしなければ母様は死んでしまうわ、と大袈裟に言ってみせる母に、リカルドは「それは困りますね」と笑って見せた。


「……お兄様。この度は婚約おめでとうございます」


 兄妹としてではなく、いち淑女としてリカルドを言祝ことほぐセシリアの膝折礼カーテシーは、それだけでなにか芸術性さえ感じさせるような美しさで。

 挨拶をされたリカルドだけでなく、その場にいた両親を始めとする使用人全員が思わず魅了された。


「ああ、ありがとうセシリア。お前はますます……、綺麗になったな」

「お兄様……」

「……お前たち。そんなことを今日、ロズウッド嬢の前でやったら、即破婚だぞ」


 と。

 家族と使用人たちのいる玄関ホールのど真ん中で、セシリアに甘やかな声をかけながら彼女の顔にかかった髪を払いそのまま頬に手を寄せるリカルドに対して、養父であるマーヴェル侯爵が呆れたような口調でそう告げる。


「大丈夫ですよ父上。ユフィはちゃんと、理解してくれていますから」


 そう言ってにっこりと返すリカルドに、「理解なあ……」と、ため息を禁じ得ないマーヴェル侯爵なのだったが。




 ユフィ・ロズウッドというのがリカルドの婚約者の名前なのだということを、セシリアは身支度をしながら母から教えてもらった。


 ロズウッド家は、ユフィの祖父が一代で財を成し、神聖国へ大きな貢献をしたことを理由に叙爵された商家出身の新興貴族だった。

 よくない言い方をするといわゆる成金貴族というやつなのだが、その才は幸いなことにちゃんと子供たちにも受け継がれており、爵位こそ子爵と低くはあるが、資金力や経営力においては神聖国内で1、2を争うほどの有力貴族なのである。


 もちろん、次席聖女として情報収集を欠かさないセシリアも知っている家名である。


「もうね、びっくりしたわ。あの子突然、報告したいことがあるとか言い出すから何かと思ったら、結婚するっていうのよ? ほらあの子、あんまりそういうことに興味がなさそうだったからどうしましょうと思っていたのだけれど。何事も、落ち着くところに落ち着くのねえ」


 養母のフローレンスがコロコロと朗らかに笑いながらそんなことを教えてくれた。


「お母様はもう、ロズウッド嬢にお会いになったのですか?」

「ええ。あの子が一度家に連れてきてくれてお茶をしたの。とっても明るくていい子だったわ」


 ほら、うちの子ったら愛想がないというか、ちょっと堅いところがあるじゃない? あのくらいの子の方がちょうどいいのかもしれないわね、と。


 自分の息子が初めて女性を連れてきてくれたことが嬉しかったのだろう。

 フローレンスが楽しそうに話すのを、セシリアはなんとも言えない思いで相槌を打った。

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