第11話 親友とのお茶


(なんでこんな――雪崩のように。ヴィクター様にダメなところばかり見られるのかしら……)



 あれから。

 宣言通り、週に1、2回のペースでセシリアの部屋に押しかけてきては、部屋を片付けてくれたり、何かしてほしいことはないか聞いてくるようになったヴィクターのことを思い出しながら。


 待ち合わせ場所のカフェテラスで友人を待つ間、セシリアは人知れずため息をついたのだった。


(――ヴィクター様に、部屋の片付けをさせているというだけでも背徳感にまみれるというのに――)


 ヴィクターがやってくるのは大体、セシリアが部屋に戻って力付き、ベッドに倒れ込んでいる時か、仕事が終わって帰ろうというタイミングで捕まるパターンのどちらかだ。

 もちろん事前に、「次はいついつに来ますね」とか「今日どうですか?」とお伺いを立てられるので、突然カチこんでくることはない。


 ヴィクターが押しかけてきた最初こそ、てきぱきと部屋を片付けていくヴィクターをオロオロと見つめながら右往左往するセシリアだったが、さすがに3回目4回目と回数が重なってくるとだんだんと慣れてくる。


 人の慣れとは恐ろしいもので――。


 慣れてくると段々、ヴィクターのおかげで綺麗な部屋に帰れるようになることが居心地良くなり。

 あれ――、次はヴィクター様いついらっしゃるんだったかしら――? くらいの日常感を抱くようになってしまった。


 後付けの説明にはなるが、大聖堂にあるウルド教の聖職者のための宿舎には2種類ある。

 いわゆる、一般職と呼ばれる職種が寝泊まりする一般宿舎と、セシリアたちのような上級職が住む上級宿舎。

 セシリアも最初は一般宿舎に住み、同じ見習い聖女と一緒に相部屋で住んでいた。

 それが、やがてセシリアも次席聖女となり、相部屋の聖女が結婚を機に引退することとなってから、今の上級宿舎に移ることになったのだ。


 一般宿舎は基本的に相部屋だが、上級宿舎は一人部屋が基本である。


 また、一般宿舎は階ごとに男性階と女性階でわかれており、それぞれのフロアに異性の立ち入りは禁じられているが、上級宿舎にはそれがない。


 なので、上級宿舎にあるセシリアの部屋にヴィクターが通っても、特にお咎めなしという現状なのであった。




「――お待たせ! セシリア!」


 そうして今、カフェテラスで待っていたセシリアを呼ぶ、その待ち人の正体は。

 かつて彼女が一般宿舎にいた時のルームメイトで、元聖女の親友。


「アニー」

 

 そして――、同室であったが故に唯一、セシリアの素を知る相手。

 アニー・ホーキンスであった。



 ◇



「――なんというか、怒涛のような展開が立て続けに起こっているわね……」


 一通り、最近のセシリアの話を聞いたアニーが、「それ、本当に現実の話?」とでもいいたげな眼差しでセシリアを見つめた。


「しかもヴィクター様にお世話されてるってどういうことよ」

「……ほんとにね……」


 ここ最近のセシリアの現状を聞いたアニーは、そう言いながらくりくりと大きな目をしばたたかせる。


「しっかしそうかぁ〜。とうとうセシリアの片想いも終わってしまったかぁ〜」


 そう言ってよしよしと、セシリアの手の甲を撫でながら、リカルドへの失恋を慰めてくれるアニーだったが。


 彼女はセシリアが唯一、心を許せる人物と言っても過言ではなかった。

 同い年だけれども、セシリアとは違う意味でしっかりしていて、頼れる姉のような存在でもある親友。

 結婚のために引退し、子爵家に嫁いで現在絶賛子育て中の彼女は、こうして時々セシリアを気にして息抜きに誘ってくれる。

 今日も、彼女の可愛い一人娘を乳母ナニーに任せて、親友との久々のお茶を楽しむべく外出してきたというわけだ。


「でもまあいいんじゃない? 失恋を癒すのはいつだって新しい恋だし。しかもうってつけの相手が現れたときてるし!」

「アニー……。それ、ヴィクター様のことを言っているの?」


 アニーの言いたいことを察してセシリアがヴィクターの名前を出すと、アニーが「そうよ、当然でしょう。他に誰がいるのよ」と、ぴしりと言い返してくる。


「……でも、相手はヴィクター様よ? 恐れ多いというか」

「何言ってんのよ。【大聖堂の次代双璧】同士の片割れが」


 ちなみに、現双璧は筆頭聖女であるクリスティーナと騎士団長のサイラス・ウォールデンである。

 それに倣って、次期筆頭聖女候補であるセシリアと、次期騎士団長候補であるヴィクターを次代双璧と呼ぶ輩がいるのだ。


「大体、セシリアで恐れ多いんだったら他の女子なんてもってのほかでしょ!?」

「でも、ヴィクター様のことを本気でお慕いしている女子たちも多いし」

「多いから何よ!? 本命以外は有象無象よ!」


 どう考えたって今ヴィクター様の一番近くにいるのはセシリアでしょうに! と言ってくるアニーの言葉に、否定し切ることもできずにセシリアは口籠る。


「…………」

「……何、嫌なの?」

「嫌ってわけじゃ……」

「それじゃ役不足?」

「や、役不足なんて……!」


 お世話をしてもらっている身の自分が、そんな言葉を口にすることさえ許されないと思っているというのに。


「その……。ヴィクター様は、私が失恋したばかりだということを知ってるわけじゃない」

「まあそうね」


 セシリアの言葉にアニーが端的に相槌を打つ。


「その。ふしだらじゃないかしら。失恋した後にすぐ次の相手なんて」

「純粋か! かわいいな!」


 もじもじと告げてくるセシリアを突っ込みながら、アニーが淑女らしからぬ動きでのけぞった。

 

「それ、本人に言ってやりなよ……」

「言えるわけないじゃない……!」


 そもそもヴィクターはそういう対象じゃないのだというセシリアに、じゃあどういう対象なんだとアニーがなおも問い詰めると。

 

「……優しくて、格好良くて、モテる人?」

「なんで疑問系……? それにそれは人としての評価でしょう? どう思ってるのどう」

「………………どう」


 アニーに問われたセシリアは、それを機に、再び自分の心の内に向かって問いかける。


 ――ヴィクター様がどういう存在か。どう――?


「……わかんない」

「……ダメね、これは」


 仕事に関しては判断力も早く、問題点を見つけて解消するのも早いセシリアだが、恋愛ごとが絡むとさっぱりなのだった。

 それはアニーも前から知っていることで。

 それ以外の時はいつも大人びていて、アニーに対してもきっぱりキビキビと物事を言えるセシリアも、アニーとの恋話になると途端に幼さを増す。


 ――そんな、セシリアの垣間見せるかわいらしさを、アニーは好きだったりするのだが。


「もうこの話はいいから別の話をしましょうよ。アニーの最近の話も聞きたくて来たのだもの」


 と話を変えようとするセシリアに、今日はこの辺で勘弁してやるかと思ったアニーは、「いいわよ、じゃあ何から話そうかしらねえ」とセシリアの提案に乗ったのだったが。


(――わかんない、というよりは。わからないままでいたいように見えるのよね)


 アニーが思うに、セシリアは本当にわからないのではなく、変に期待して傷つきたくないと無意識に思っているが故の『わからない』だと思うのだったが。

 いまここでこれ以上突っ込んでも酷かもな、と思って、ひっそりと胸の内に止めた。


(向こうはだいぶ脈アリな気もするけどなあ……)


 大体、何にも思っていない相手の家まで押しかけて世話しにくるか普通? と思うし。

 接点取りたいと思ってアプローチかけてるのがミエミエな気がするのだが。

 気づいていないのか、気づいてはいるが意図的に気づかないふりをしているのか。



 ――ともあれ。

 

 久々に会った親友が、失恋したという割に思いのほか元気な様子であることに安心したアニーは、にっこりと笑って、卓上の紅茶に口をつけるのだった。

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