第13話 兄の婚約者はセシリア担です
準備が整ったマーヴェル家一行は、全員で侯爵家の馬車に乗って、婚約者宅であるロズウッド家へと到着した。
「ようこそお越しくださいました、みなさま」
そう言って一行を出迎えたのは、家長であるロズウッド子爵。
少し恰幅の良い体に人の良さそうな笑みを浮かべた彼が、家族ともどもマーヴェル家の人々を歓待した。
「さあ、まずはティールームへ。美味しいお茶をご用意しておりますよ」
外で話し込むのもなんですからな、と案内された先で、家族同士それぞれ名を名乗り挨拶を交わした。
道中ここに来るまでの馬車の中で聞いた話だが。
今回の親族顔合わせはロズウッド家で、後日催されるふたりの婚約パーティーをマーヴェル家で行うことになったらしい。
婚約パーティーを行うこと自体も昨今珍しい風潮ではあるが、商業界隈で幅を利かせているロズウッド家から『横のつながりや貴族社会での更なる交流を図るために、ぜひ婚約パーティーでお披露目したい』と話があったのだそうだ。
マーヴェル家としては、昨今の貴族社会で強い力を得てきているロズウェル家の、その関係者とも関わりができるのはありがたい話で。
というのも、マーヴェル家は侯爵家で子爵家のロズウッド家よりも高い地位にありはするが、現マーヴェル侯爵の父――つまりセシリアにとっては祖父が、事業に大失敗し一時期没落の危機に瀕していたことが原因としてある。
才のない祖父に早々に
故に――、事業において溢れる才のあるロズウッド家との繋がりは、マーヴェル家としてはこれ以上のない良縁なのであった。
――とまあ、それはそれとして。
先ほどからセシリアは、リカルドの婚約者のロズウッド嬢から、ちらちらと何度も目線を送られていることが気になっていた。
なにか視線を感じる――と思って視線を送ると、こちらを見つめているロズウッド嬢とぱちりと目が合う。
すると、「きゃっ……」とでも声が出てきそうな動きをして、慌てながら目を
(……いったい、なんなのかしら……)
そうは思ってもこの場で問いただすこともできず。
ティールームに案内された後も、その後に移動した食事会の席でも、ロズウッド嬢から送られるこちらを伺う視線を感じながらも、気づかないふりをしてやり過ごしていたのだが。
「――セシリア。ユフィが庭を案内してくれるというから、一緒に行かないか」
と兄に誘われ、誘いを受けたセシリアが、親たちとは別に連れ出された庭先で。
「ああっ……! もう無理ですリカルド様! 生セシリア様なんて……!」
突然、ユフィがそう声をあげたかと思うと、両手で顔を覆いながらリカルドの後ろに隠れた。
「……えっ?」
「見たい……! でも恐れ多くて直視できない……! この葛藤、いったいどなたでしたらおわかりいただけるのでしょうか……!」
あ、でも握手とサインは欲しいです……! と、リカルドの背後で出たり入ったりを繰り返すユフィが、リカルドの背中から手を伸ばす。
その手を見て――兄を見たセシリアは、兄が「握ってやれ」とでも言いたげにうなづくのを見て、自分は今どういう状況なのだろうと思いながらも差し出されたユフィの手を握った。
「はうっ……、セシリア様の生手……!」
手袋をしているから生ではないが、どうやらユフィの中では実物と握手したことでそういう判定になったらしい。
「ありがとうございます……。これでいつ死んでも悔い無く人生を終えられます……」
というユフィに、セシリアは「あの……、これからが結婚式なので、まだ人生を終えないでくださいませね」と声をかけた。
「ユフィは生粋のセシリアファンなのだ。今日も彼女は、お前に会えることをたいそう楽しみにしていた」
普段はもっとちゃんと淑女らしい振る舞いができる人なのだが、どうやら実物のセシリアを目の当たりにしてキャパシティがオーバーしてしまったのだろうとリカルドが言った。
「私のことも、『憧れの聖女セシリア』に兄がいるということを知って、そこからツテを使って舞踏会に参加し、会いにきたくらいなのだ」
「ううう……。憧れの人のお兄様をひと目拝むくらいのつもりでしたのに。まさか自分と結婚に至るとは思ってもいませんでしたわ……」
「私としてはまさに、
聞くに、最初の頃は、リカルドとユフィのどちらがよりセシリアのことを好きか、舞踏会の片隅で火花を散らしていたのだとか。
結局、その流れで最終的にお互いに分かち合うものがあったらしく、結婚しようということに至ったと二人から説明された。
――そしてこれは。リカルドがおそらく一生セシリアに言うことのない裏話だが。
リカルドがユフィとの結婚を決めたのは、彼女がセシリアを崇拝し、なおかつリカルドが彼女を心から愛しているということを理解し認めたからだった。
ユフィとなら。
彼女なら、結婚してもセシリアを害することはないし、リカルドと近しい目線で彼女のことを大切にしてくれる。
リカルドがセシリアを大事にしても、「わたくしとセシリア様どちらが大事なのですか!?」と聞いてくることもない。
ユフィに結婚を申し込んだ時、彼女は言ったのだ。
「わかりました。リカルド様は――、セシリア様のためにわたくしと結婚するのですね」
と。
構いません。わたくしも、セシリア様を想っているリカルド様を愛していますから――と。
にっこりと。ひとすじの
リカルドは、セシリアのことはもちろん一番に愛していたが、彼女は彼女でちゃんと妻として愛せると思ったし、愛そうと思った。
『そんなにもセシリアのことを愛しているなら、セシリアと結婚すれば良いじゃないか――』と、リカルドに言う輩もいるだろう。
リカルド自身も、幼い頃から「この子を一生守るのは俺だ」と思っていた。
しかし。
はっきりと言われたことは一度もなかったが――、両親が家のために他家から嫁を娶って欲しいと思っている気配はなんとなく察していた。
リカルド自身も、この家を盤石にするためにも両親の望む通り力のある家との結びつきが必要だということはわかっていた。
そしてそれが、家族を始めとした、セシリアを守る力につながることも。
それを理解した頃から。
リカルドは、セシリアを異性として見ることをやめ、恋心を殺した。
セシリアから送られる、じりじりと焦がれるような視線を受けとめながら、気づかないふりをし続けた。
リカルドは、兄としての今のままの距離でいつづけるほうが、セシリアを生涯愛し続けられると思ったのだ。
セシリアが聖女になったのも、そんなリカルドの背中を押した。
彼女が努力し、めきめきと出世していくのを見ながら「この子はこのまま聖女として神に支え、だれとも結ばれずに自分だけのセシリアでいてくれるかもしれない」と。
その考えが甘かったとリカルドが思い知ることになるのは、もう少し後のこと。
今はまだ、全てことががうまく行っていると思っているリカルドの前に、ダークホースが現れるのは。
もう間も無くのことだ。
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