第14話 騎士団長サイラス



「――なあヴィクター。お前最近、次席聖女殿とたいそう懇意こんいにしてるそうじゃないか」


 ヴィクターが聖騎士団の騎士団長室でまもなく今日一日の業務を終えようとしていたところで、騎士団長であるサイラス・ウォールデンがにやにやと笑いながらそう告げてきた。


「ええ、まあ。懇意にさせていただいていますよ」


 何と言っても次席聖女様ですし、と。

 サイラスの揶揄からかいにも全く動じないヴィクターは、食えない笑顔で言い返す。


「なんだなんだぁ? お堅い副団長様にも、ようやく春が来たってかぁ?」

「春でも夏でも秋でもいいですけど。無駄口を叩いてないで真面目に仕事をしてください」

「何言ってんだ。ちゃんとやってるからここで黙々とお前から出された書類に決裁してるんじゃねーか」


 ヴィクターにぶつくさ言いながらも決裁判を押すサイラスは、しかしなおも先ほどの話題を続けたいようで、にやにやを隠さないまま話を続けてくる。


「で? どうなんだ次席聖女様とは。うまくいきそうなのか? あ〜あ〜、いいよなあ〜。俺も独り身でもう少し若ければ、一度アプローチしてみたかったよなあ〜。相当な美人だし、性格も良くてスタイルもいいし。清楚なのにそこはかとなく色気があるのってもまたいいんだよ。のほうはどうなんだろうとか思っちまうよなあ〜」

「……団長。セシリア様をそんな下世話な目線で見ないでもらえますか」


 奥様に言いつけますよ、と冷ややかな目線で告げてくるヴィクターに、サイラスは「お?」と思う。


「下世話な目線ってどんな目線だよ」

「……そのままの意味です」


 いつもだったら、この手の話題も適当にさらっと流すヴィクターが、珍しく少しむきになっている。

 これは――と思ったサイラスは、面白くなってもう少し揶揄からかってみることにした。


「だってよお。『いずれは誰かのものになるんだったら』って思うだろ。あんな、けがれも知らなそうな純白で清らかな聖女。誰も踏み荒らしてない雪に足跡つける――じゃねえけど、どうせなら最初にって思うのは男のさがだろーが」


 どんな顔で恥じらうのかとか、どんな声で鳴くのかとかさあ――、と言ったところで、だん! とヴィクターが書類を机に強く叩きつけた。

 

「サイラス団長? 無駄口を叩く元気がおありなのでしたら、明日に回そうと思っていた分の書類もお願いしましょうか?」


 珍しく――本当に珍しく、苛立ちをあらわにしたヴィクターが、サイラスに向かって顔を引きらせながらそう告げてくるのを見て。


(あっ、なんだこれ。ガチのやつじゃん)


 と、サイラスは思った。


(ガチ恋してんじゃん。やべ、おもしろ)


 そう、思いながら。


「ごめんごめん、冗談だって」


 慌てて取りつくろったサイラスは、ヴィクターが叩きつけた明日決裁する用の書類をそっと端に寄せる。

 軽い気持ちで突いたら危うく藪蛇やぶへびになるところだったが――どうやら、やぶの中にはもっと面白そうなものが潜んでいる。


(へえ〜、そっかそっか。あのヴィクターが、あの次席聖女様とねえ)


 これまで、どんな女性に言い寄られても全くなびく様子のなかったヴィクターが、珍しく感情をあらわにする女性ができた。


(品行方正すぎて面白みに欠けると思っていた男だったが。面白くなりそうじゃねえか……)


 そう思って、にやにやとヴィクターを見つめるサイラスだったが。

 自分が珍しく思いのほか感情を出しすぎてしまったことに気付き、バツが悪くなったヴィクターが「……冗談もほどほどにしてくださいよ」と言いながら、叩きつけた書類を取り下げた。


「この書類に判を押していただけたら、今日の分は終わりですから」

「おお、遅くまで悪かったな。ほら、今日はこれでもう帰っていいぞ」


 と、最後の書類に判を押したサイラスがヴィクターをねぎらうと、ヴィクターは「では、お疲れ様でした。お先に失礼します」と言って部屋を出ていく。


(やべー……。なにこれ、いつのまにかめっちゃ面白いことになってるじゃん)


 クリスティーナ様にも共有しないと。


 聖騎士団長であるサイラスと筆頭聖女であるクリスティーナは、年齢としこそだいぶ離れていたが、お互い気が合うために結構な仲良しだった。


 その、クリスティーナの可愛がっている教え子のセシリアと、自分の可愛い部下であるヴィクターが――いい感じになっている。


 これは酒のネタにするしかないだろうと思い、近々でいつクリスティーナと飲めるだろうかと手帳に手を伸ばしたサイラスなのであった。

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