第8話 疲労困憊の聖女様

 ――ヴィクターが作ってくれた食事は、想像以上に美味しかった。


「美味しいですか? よかったです」


 ひとくち口に運んだセシリアが瞳をキラキラと輝かせたのをみて、ヴィクターが嬉しそうに笑う。


「普段はミーナが作ってくれるのであまり腕をふるう機会もないのですが。実は料理をするのは割と好きなんです」


 いわく、騎士団で夜営したりするとどうしても自分達で食事を作る場面が多いため、料理が上手な人に聞いたりしているうちに知らずと上達したらしい。

 時間もなかったため、手早く作られたパスタとサラダ、刻み野菜の入ったスープだったが、その優しい味わいは空腹だったセシリアの胃袋を暖かく満たしていった。

 

「……そんなに美味しそうに食べていただけると、作りがいがありますね」


 瞳を輝かせながらもぐもぐと(しかし仕草は非常に上品に)咀嚼をするセシリアを幸せそうに見つめながら、ヴィクターも自ら作った食事を口に運ぶ。

 口に入れて、味付けに納得がいったのか「うん」とヴィクターも小さく頷いてから、本格的に食事に手をつけ始めた。


(確かに、これだけ優しくて思いやりがあって料理も上手いとあっては。ヴィクター様が女性からモテるのも納得だわ……)


 夫に――、いや、むしろ嫁に欲しい。

 こんな嫁――、じゃない旦那様だったら、奥様もさぞ幸せであろう。

 そんなことを、口に出すことはなかったが、セシリアは心の中でひとり得心したのだった。




 ◇



 ――そうして翌日から。

 セシリアに、ヴィクターに頼まれたミーナの看病と、ヴィクターが帰ってくるまでの彼の家での留守番の日々が始まったのだった。



 ◇




 ――セシリアの朝は、毎朝5時から始まる。

 

 

 身支度を整えて部屋を出たらまず祈祷の間に赴いて早朝の祈祷。その後は薬草園に行って薬草の水やりと手入れ。

 それから食堂で朝食をとり、その後は受け持っている見習い聖女たちへの授業を行う。

 

 昼食はだいたいまともに食べる時間がないため軽食で済ませ、そのまま外来のウルド教徒たちへの対面活動に従事する。

 祝福を授けたり懺悔ざんげを聞いたり。場合によっては回呪や治療といった対応もしながら、会議や打ち合わせがある場合は合間で抜けて出席し、夕方の夕拝の時間まではそんな調子で会議と対面活動を行ったり来たりして過ごす。

 

 ここ最近ではあまりないが、時には夜は外部有力者との接待が入れられることがあるためそんな場合は接待に参加するし、何もない日は図書室や自習室で必要な資料や調べ物をまとめてから宿舎に帰る。

 自室に戻ったら途端にやる気がなくなることはわかっているので、基本部屋には仕事を持ち込まないのがセシリアのマイルールなのだ。


 そして今はその生活の夜の部分が、終業後ヴィクターの家に行くという項目に替わっていた。




 ――毎夕、定時になると。

 日中処理しきれなかった書類を持って職場を出て、ヴィクターの家へと向かう。

 宅内に入るとまず、その日のミーナの調子を見て、ミーナのための食事と薬湯を作り飲ませてあげて、治癒をかけてあげる。


 その後はヴィクターが帰ってくるまで仕事をしながら留守番をして待ち、ヴィクターが帰ってくると「女性一人で夜道は危ないですから」と言う彼に送ってもらって自室に帰る。

 うっかりすると、部屋に戻るのがテッペンすれすれと言うこともあった。


 普段は22時ごろに寝て5時起きのセシリアには、なかなかハードなスケジュールである。

 

 帰ってすぐに寝られればいいが――気温も上がってきた昨今、寝る前に軽く汗だけでも拭きたいとあれこれしていたらあっという間に夜も更ける。結果、睡眠時間が5時間を切る日々が続いていたのだった。


(ね……、眠い……。そして体が重い……)


 就業中、そんなことを思っているなどとはおくびにも出さなかったが、笑顔の裏には常に『しんどい』という言葉が渦巻いていた。



 

 ――実際のところ、ミーナの体調は2日もするとだいぶ良くなってはいたのだけれど。


 

 まあ、薬湯に加えて聖女の治癒までかけているのだからそれはそうだろう。

 当初は「なんならヴィクター様に頼まれていた期間よりも早く切り上げられるのでは?」と思う気持ちもあったのだが。

 とはいえ、『治りかけの時が一番油断ができない』と思っていたのもあったのと、なぜかそのタイミングで初潮を迎えたミーナが生理痛で苦しみだし。そんなミーナを放っておけず、あれやこれやと対応してあげているうちにあっという間に日は経っていった。


(まあ、いいんですけどね。ミーナもとても可愛らしいし……)


 ヴィクターの家の小さな専属使用人は、彼女が元気になってみて色々話せるようになると、とても可愛らしい子なのだということがよくわかった。

 素直でいい子だし、働き者で、よく気がつく。


 最初は自分のためにセシリアの手を煩わせることになったことをひどく恐縮していたが、今ではセシリアが訪れると嬉しそうな顔で満面の笑みを浮かべて出迎えてくれるので、否が応でも愛着が湧くというものだった。



 ◇

 


 そうしてようやく――、ヴィクターの家での看病(兼留守番)も最終日となったある日。


(……しん、どい……ですわね……)


 表情には全く出さずに、心の中でひっそりと呻く。

 なんとか気力で立ってはいるものの、正直疲労はピークだ。


(今日を乗り切れば……、明日は休日……!)


 寝る……!

 今日を頑張って生き抜いて明日は泥のように眠る……!

 それだけを楽しみに、今日一日を乗り切ろう――!

 そう思って、気合を入れたセシリアなのだった。

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