第7話 聖女だってお腹は空きます
「これで体調は良くなると思いますが、念の為2、3日は安静にさせてあげてくださいね」
ミーナにお粥を食べさせ、再び彼女を寝かしつけた後、セシリアはヴィクターに向かってそう言った。
「わかりました。ありがとうございます」
「……ヴィクター様の
てっきりセシリアは、仕事がらみで何か大変なことでも頼まれるのではと思って身構えていたのだが。
実際に来てみてどうやらそうではなかったのだな思いながらも、ヴィクターに尋ねた。
「……はい。そうなんです。実はこの事を、誰に頼もうかと悩んでいたもので」
セシリアの問いに、ヴィクターはどこか遠慮がちな様子を見せながら言葉を続けてくる。
「この国ではまだ……、獣人に対して否定的な反応を示す方もいらっしゃいますから。そういう隔たりなく診ていただける方は誰だろうと思っていたところにセシリア様とバッタリ遭遇したので」
「……そうならそうと、昨日言ってくだされば」
「そうですね。でも、あのままあの格好で我が家まで連れてくるのもどうかと思いましたし……」
それと、つい、セシリア様の困っている姿が可愛らしかったので、いたずら心も生まれてしまって、と。
――昨日の格好のことを持ち出されると、セシリアも弱い。
それにヴィクターから「可愛いのはどっちですか」といいたくなるような顔で素直に「……すみませんでした」と謝られたので、セシリアもわずかな憤りの矛先を失い、まあいいかと胸に収めた。
「……ご覧いただいた通り、私は宿舎ではなくここで家を借りて生活をしています。……あの子は、以前職務で闇市の取締りをした時に見つけた元奴隷の子で、現在は私が引き取り家のことを手伝ってもらいながら養っています」
「なるほど……、そうだったのですね」
「本当は、手伝いも別にしなくていいと言ったのですが。お世話になっているのだからと譲らなくて」
更に聞くと、元々はヴィクターも宿舎に住まいを借りて生活をしていたそうなのだが、聖騎士としての公務とは別に実家である公爵家から任される仕事も増えて来たことに伴い、宿舎を出て個人で住まいを借りようということに至ったらしい。
一度は実家である公爵家に引き取ってもらおうと働きかけたのだが、獣人が珍しいこの国で、しかも元奴隷である少女を公爵家の使用人として雇い入れることは難しいと断られてしまったのだそうだ。
「ちょうど昨日からあの子が体調を崩し、どなたか聖女の方に見ていただけないかと思っていたので、セシリア様に診ていただけて助かりました……。……あと、その、もう一つお願いというか。数日は安静にということなのですが……。私の業務が今ちょうど立て込んでいるところで、ここ数日は帰宅が遅くなりそうなんです」
それもあって、ミーナの治療ができる聖女で、なおかつ数日間の夜ミーナの様子を見てくれる人がいないか考えていたんです、とヴィクターが続けた。
「……そういう事でしたの」
なるほど。
それでヴィクターが「今週の数日」と言った理由が理解できた。
要するにミーナの具合が良くなるまでの面倒を見てほしいという事だったのだ。
「でしたら。わたくしでよろしければお引き受けさせていただきますが」
「本当ですか……!」
セシリアの返事に、ヴィクターが「ありがとうございます……!」と安堵と喜びの入り混じったような様子で声を上げた。
(とはいえ……。わたくしはわたくしで、割とお仕事が溜まっているのだけれども)
久々の連休明けで職場に復帰していたら、それなりに仕事が積み上がっていた。
多少の残業も見越して処理すればまあ終わるだろうと思っていた量だが、仕事が終わってからここに直行することになると残業もできない。
(書類を持ってきてここで作業するしかなさそうですわね……)
本来、書類を持ち出して仕事することはあまり誉められたことではないが、明確に禁止されていることでもない。
管理さえしっかりすれば問題はないので、書類仕事を夜回す前提で日中働けばなんとかなると算段をつけたうえで、ヴィクターに答えたのだった。
「では、明日から業務が終わったらこちらにお邪魔して、ミーナさんの具合を見させていただきますわね」
「ありがとうございます。本当に助かります」
と。
こうして双方のやりとりが成立し、ヴィクターがほっとした様子を見せたところで。
――きゅうぅぅぅぅ……と。
セシリアのお腹があるであろう場所から、空腹を示す音が鳴り響いた。
「………………」
「……ええっと……。気が付かなくてすみません、先に食事にしたほうがよかったですね。あの、私が作ったものでよければ、召し上がっていきますか?」
「…………あの、お、お気遣いなく…………」
お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありません――――と。
あまりの恥ずかしさに、居た堪れなさすぎて小声で震えることしかできないセシリアに、ヴィクターがくすっと笑う。
「謝るのはこちらの方ですよ。本当は外で食事でもご馳走して差し上げたいところなんですが、ミーナが心配なので家を開けられませんし」
よろしければこれから何か作りますので、ぜひご一緒していってください、と。
羞恥のあまり両手で顔を覆うセシリアの様子を、ヴィクターが気にした様子もなく立ち上がる。
「あ、あの。大丈夫ですわたくし、もうお暇しますから」
「そんなこと仰らずに。私としても食事をご一緒してくださる方がいる方が嬉しいですから」
一人で食べるのも味気ないので、と言ってくるヴィクターは、心からそう思って言ってくれているように見えた。
「……では、お言葉に甘えて」
と。
椅子の上にしゅんと縮こまったセシリアは、羞恥と情けなさで居た堪れない気持ちになりながら、そう答えたのだった。
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