第6話 猫耳少女とご主人様

 そうして、ヴィクターに指定された時間の19時になり――。


「ああ、すみませんお待たせしまして」


 約束通り、正門の横で目立たないようフードを深く被って待っていたセシリアに、少し遅れて現れたヴィクターが声を掛けた。

 

「……いえ、わたくしも今来たばかりでしたので」


 正体がわからないように、目立つ銀髪も全てフードの中に仕舞い込んだセシリアとは対象に、ヴィクターはというと隠す様子もなくいつものままの風体だ。

 いったい何を要求されるのだろうと思いながら、セシリアはヴィクターの後に続いて正門を出たのだった。


「本当はできれば、昨日あのままセシリア様にお願いしたい気持ちもあったんですけど」


 流石にそれは申し訳ないかと思って――と言いながら、ヴィクターがセシリアを先導して歩いていく。

 そうして、それほど歩かずにたどり着いた先でヴィクターに「ここです」と言われた場所。

 そこは――。


「どうぞ。手狭な家ですが」


 高級住宅地にある、こじんまりとした邸宅タウンハウス

 鍵を開け、勝手知ったる様子で入っていく姿を見るに、どうやらここはヴィクターの住居であるらしかった。


「……お邪魔致します」


 てっきり、ヴィクターもセシリアと同じく宿舎住まいだと思っていたので、大聖堂の敷地外に居を構えていたことが意外だった。


 物珍しさに、失礼にならない程度にきょろきょろと室内を見回し、男世帯の割に綺麗に片付いているなと思っていたら「ご主人様、おかえりなさいませ……」とか細い声でこちらに声をかけてくる少女らしき声が聞こえた。


「ただいまミーナ。ダメじゃないか、寝ていないと」

「でも……」


 そう言って姿を現したのは、歳の頃からして10代前半の獣人の少女。

 ほてった顔の様子から見るに、どうやら熱を出し、体調を崩しているようだった。

 頭から生えた可愛らしい耳がくたりと力なく垂れていて、それが彼女の具合の悪さを表しているように見えた。


「大丈夫だよ。今日はミーナのために、優秀な聖女様が来てくださったからね」


 ミーナは安心して寝ていなさい、と、普段にも増して優しい声色で少女をなだめるヴィクターを少し離れた場所で見つめていたセシリアだったが。


 ヴィクターの言葉で、ミーナと呼ばれた少女が他に室内に人がいるのだということに気がつき、セシリアに目をやると「えっ……」と驚いた様子で目を見開いた。


「ご、ご主人様……、この方……!」

「おや? ミーナもセシリア様を知っているの?」

「知っているも何も……。聖都の民でこの御方を知らない者などおりませんよ……!」


 ぜいぜいと苦しげに息を吐きながらそう言うミーナは、驚きのあまり頭に血が昇ったのか、セシリアとヴィクターを見比べた後に力尽きるようにくたりと床に膝をついた。


「ほら。ダメじゃないかやっぱり」


 そう言ってヴィクターはへたり込んだミーナを抱き上げると、「セシリア様すみません。この子を寝かしつけるので手伝ってもらえますか?」とセシリアに向かって手伝いを頼んできた。


「あ、はい」


 そう答えて、セシリアはミーナを抱えたヴィクターの後についていく。

 そうして、着いて行った先に辿り着いた彼女の私室と思われる小さな小部屋にたどり着くと、ミーナを寝台に寝かしつけるヴィクターを助けるため、置かれていた掛け布団を寝そべる彼女の邪魔にならないよう持ち上げる。


「ありがとうございます」

「いえ……。あの」


 ちょっと待ってくださいね、と言って、セシリアは寝台に寝そべった少女の額に手をかける。

 そうして、祈りの言葉を小さく唱えると、彼女の中で暴れる病原菌が治るよう、治癒をかけた。

 すると、見る間に息苦しそうに呼吸をしていたミーナが、すうすうと寝息を立て出したのを見て。ヴィクターが驚いたようにセシリアを見た。


「お粥の材料になりそうなものはありますか? あれば、作って食べさせてあげたいのですけれど」

「あ……、はい」


 面食らったようにセシリアの言葉を受けたヴィクターが、問われるままにセシリアに台所へと案内する。


「ここです」


 案内された台所は、他の場所と同じく綺麗に整頓されて清潔に保たれていた。

 そこから、セシリアはお粥の材料になりそうなものをゴソゴソと漁り、手際よく調理をして鍋に材料を入れて火をかける。


「手慣れてますね」

「昔、母に教わったんです」


 7歳で引き取られ12歳で見習い聖女として家を出たセシリアは、実質マーヴェル侯爵家で暮らしたのはたったの5年ではあったが、その間セシリアはマーヴェル侯爵夫妻から様々なことを与えてもらった。


 マーヴェル家にはもちろん腕利きのお抱えシェフはいたが、今のように家族の誰かが体調を崩し寝込んだ時は、養母が手ずからお粥を作って食べさせてくれたのだ。

 初めてセシリアが風邪で寝込んだ時。

 実子であるリカルドならともかく、養子の自分にまで養母自らお粥を作り食べさせて看病してくれたことが、涙が出るほど嬉しかったのを今でも覚えている。


 だから、もし養母が体調を崩したときには、自分が作ってあげられるようにと作り方を教わった。


 ――結局、そんな機会は訪れずに家を出ることになってしまったけれど。


 そんなことを思い出しながらお粥を煮、出来上がったものを器に注ぎミーナのところへ持っていくと、眠っていたミーナを申し訳なく思いながら起こし、食べられるだけでいいからと言ってまだ熱いお粥を冷ましてあげながら少しずつ食べさせてあげた。

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