第30話 用がなくても会いたい



「――それで、セシリア様は私に何の御用だったのですか?」


 気を取り直したヴィクターがセシリアに尋ねると、問われたセシリアは忘れかけていた本題を思い出した。


「ああ、そうでした。昨日お借りしたハンカチをお返ししようと思って」


 昨日セシリアが号泣した時にヴィクターが差し出してくれたハンカチを、あの後、使用人に頼んで洗濯してもらったのだ。

 急ぐものではないだろうとも思いながらも、こういったものはタイミングを逸するとズルズルと忘れがちになる。

 それに何より、単純にセシリアがヴィクターの様子を一目見たいと思ったために、執務室を通りがかった時にそれを理由に訪ねることにしたのだった。


「……ありがとうございます」


 そう言ってセシリアからハンカチを受け取ったヴィクターは、手の中にあるハンカチが綺麗に洗濯されアイロンがけまでされているのを見て、「急いでお返しいただかなくても大丈夫でしたのに」と微笑する。


 しかし、そうは言いつつもヴィクターは、セシリアがわざわざ時間を作ってハンカチを返すために自分の元を訪れてくれたことがものすごく嬉しかった。

 

 ――昨日。セシリアが大粒の涙を流すのを見て。


 彼女の中でまだリカルドへの想いが無くなっていないのだと感じたヴィクターは、焦らず、無理に追い詰めず、セシリアのペースに合わせて彼女に向き合い寄り添っていこうと決めていた。


 とはいえ昨夜さっそく、あまりのセシリアの可愛らしさに理性のたがが外れ、うっかり頬にキスをしてしまった前科はあるが――。

 

 昨日よりも今日、今日よりも明日――。

 セシリアが、自分のことを意識してくれるようになるといい。

 そんな思いでいたヴィクターに、セシリアがみずから自分を尋ねてきてくれたということは、ヴィクターにとって心から嬉しい出来事なのだった。


 ヴィクターがセシリアの前でそんなことを考えているうちに「……では、わたくしはこれで」と、用事を済ませたセシリアが去っていこうとするのを「セシリア様」と名を呼びヴィクターが引き止める。


「……はい」

「セシリア様がわざわざ私のところまで届けにきてくださって……本当に嬉しかったです」


 ヴィクターは、すっとセシリアの手を取ると、そのままその手を引いてセシリアを少しだけ自分の方に引き寄せた。


「セシリア様に会えると元気がでるんです。……また、用がなくても、私から会いに行ってもいいですか?」

 

 引き寄せたセシリアの手を両手で握り込み。

 少しでも、自分の想いが伝わってほしいという熱を込めて。

 願いを込めるような気持ちで、ヴィクターはセシリアをじっと見つめた。


「……はい。もちろんですわ」


 はにかむように頬を染めたセシリアからそう答えをもらえて。

 言質げんちをとれたことに純粋に喜びを感じてしまう自分は、もはや誤魔化しようのないほどに彼女に好意があることを認めざるをえなかった。


「ありがとうございます……!」


 そうして、「また、時間を見つけて会いにきますね……!」と溢れんばかりの笑顔を見せて喜ぶヴィクターに。


(こんなに喜ばれて――、こっちも嬉しくなるなっていう方が無理じゃない)


 対するセシリアも、勝手に湧き立ってしまう自分の胸をヴィクターにバレないようにと抑えこむのに必死だった。


 握られたヴィクターの手は暖かくて。

 涙が出そうなほどに愛しかった。


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