第29話 団長のお節介



「あの、ヴィクター様はいらっしゃいますでしょうか?」


 あれからセシリアは。

 昼前に出勤してしばらくはあくせくと働き、ちょうど騎士団の執務室の前を通りがかったタイミングで、ついでと思いながらそろりとドアを開き、中に向かってヴィクターがいないか尋ねた。


「あ〜、ヴィクターは今、出てていませんけど……ってなんだセシリアちゃんか」


 セシリアの呼びかけに答えたのは、レーヴェンス聖騎士団騎士団長のサイラスだった。


「サイラス様」

「なんだなんだセシリアちゃん。ヴィクターになんの用よ」

「あ、いえ。少し私用で立ち寄っただけですので」

「私用ねえ」


 にやにやと、あごに手をあてながらセシリアの言葉を反芻するサイラス。


「あいつ多分、すぐ戻ってくると思うからさ。よかったらお茶してきなよ。あ、そうそう、俺もセシリアちゃんに聞きたいことあったんだよね」


 ほら、座って座って、とサイラスにうながされるままにセシリアは応接セットのソファに座らされる。

 

 幸いにというかなんというか、今日はセシリアもそんなに差し迫って忙しいという日ではなかったし、たまには騎士団長とも交流はしておいた方がいいかという気持ちも勝り、大人しく従ったのだった。


「セシリアちゃん、最近ヴィクターのやつと仲がいいらしいじゃないか」


 ――今朝に続いてまただ。

 みんな、そんなに自分とヴィクターのことが気になるのだろうかと思いながら、セシリアはサイラスににっこりと微笑みながら返した。

 

「業務でご一緒することが多かったからですわ。わたくしも、ヴィクター様とご一緒にお仕事させていただけることが増えて光栄です」


 サイラス様ともまたお仕事でご一緒できる機会があれば嬉しいのですけれど、と続けるセシリアに「それはこちらとしても光栄だね」と返すサイラスなのだったが。


「でも俺が聞きたいのはそういうことじゃないんだよ。どうなの? セシリアちゃんは。ヴィクターは」

「どう……、と申しますと」

「男としてってことだよ」


 あまりにも単刀直入なサイラスの問いに、セシリアはびっくりして思わずきょとんとした。


「おと……、男性として、ということですか?」

「そそ」

「素敵な殿方だと思いますけど……」

「違う違うそういうのじゃないんだって。セシリアちゃんから見て、付き合うとか結婚とかって意味でアリかナシかってこと」

「何聞いているんですかサイラス様!」


 ド直球に尋ねてくるサイラスが質問の全てを言い切るか否かのタイミングで、慌てたヴィクターがバン! とドアを開き、声を荒げながら飛び込んできた。


「何を! 聞いているんですか! セシリア様に!」

「いや、お前が恋愛対象としてアリかナシかって話だよ」

「話だよ、じゃないですよ!」


 同じ言葉を強調して2回も言ったヴィクターに対して、サイラスがしれっと返す。


「で、どうなのセシリアちゃん」

「セシリア様、この人に答えなくていいですから」

「あの……」


 行きましょうセシリア様、と言ってセシリアの手を取るヴィクターに、セシリアはなすがままに着いていく。


「あの、サイラス様。ありがとうございました」


 ヴィクターに手を引かれながらも、退室する際に礼儀としてサイラスにぺこりと頭を下げるセシリアに、サイラスはにこにこと笑いながら「またねー」と手を振ったのだった。


 




 セシリアの手を握ったまま、ずんずんと進んでいくヴィクターを見上げながら、『もしかして、執務室で待っていない方がよかったのかしら』とセシリアは反省していた。


 サイラスとヴィクターの関係性が、大体いつも今日のような感じで繰り広げられていることはセシリアも知っていた。

 飄々ひょうひょうとおどけるサイラスに、ヴィクターが微笑しながらピシャリとツッコミを入れる。


 初めて見た時は仲が悪いのかとびっくりしたが、セシリアの上司であり筆頭聖女であるクリスティーナからは「あれはあれで仲がいいのよ」と言われて、そういうものなのだと思っていたのだが。


(あんなにムキになって声を荒げるヴィクター様は初めて見たわ)


 執務室に戻った後で喧嘩にならないかしら、と不安になったセシリアは、その瞬間考え事をしていたせいで、ヴィクターが歩みを止めたのに気づかず、そのままどしんとヴィクターの肩にぶつかった。


「うぷ」

「あ、すみません」


 ぶつかった鼻を押さえると、ヴィクターが心配そうにセシリアの顔を覗き込んできた。

 そうして、ふと目線がぶつかったかと思うと、曇った表情になったヴィクターがすまなそうにセシリアに言葉を続けた。


「……サイラス様が余計なことをお尋ねして、申し訳ありません」

「あ、いえ……。ヴィクター様が謝ることではありませんわ」

 

 むしろ、自分がいたことでヴィクターに不快な思いをさせてしまったのではないかとセシリアが尋ねると、「……そんなことないです。セシリア様が待っていてくださって、とても嬉しかったです」とヴィクターが微笑んだ。


「サイラス様には私からちゃんと注意しておきますが、セシリア様も気をつけてくださいね」


 サイラス様はああやってすぐ他人にちょっかいをだす悪癖があるので……、とヴィクターがぼやいていると、その様子を珍しく思ったセシリアがくすりと笑いを漏らした。


「あ……、すみません。愚痴ばかり聞かせてしまって」

「違うんです。あまりヴィクター様のこういう姿を見ることがないので珍しくて。でもサイラス様は、純粋にヴィクター様のことを思ってお尋ねになっているのだと思いますよ」

「……そういう意図がないとは言いませんが。それにしたって悪ふざけがすぎるんですよ……」


 と苦々しくつぶやくヴィクターがおかしくて、セシリアはまた少し笑いをこぼした。




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