第28話 ドヴォルザーク卿とはどういう御関係なんだい?



「セシリア。率直に聞くが――、ドヴォルザーク卿とはどういう御関係なんだい?」


 翌朝。

 午後からの勤務にしたため、久しぶりにマーヴェル家で朝食を取ることとなったセシリアは、家族での朝食の席で父からそう尋ねられた。


 その時まだセシリアは、昨日のヴィクターの件を引きずっていたためにぼんやりしており、父からの質問に反応するのが少しだけ遅れてしまった。


「……とても良くしていただいている同僚で、お友達ですわ」

「本当に?」

「ええ」


 セシリアの答えにさらに問い詰めてくる養父に、にっこりと答える。


「お前がそう言うのならば、それを信じるが」

「あら……、残念だわ。可愛い息子がもうひとり増えるのかと思ったのに」


 セシリアの言葉を受け入れた養父に対し、養母は残念そうにそう漏らした。


「実は、セシリアに結婚を申し込みたいという話が多方から来ていてな。今まではお前の忙しさを理由に断ってきたが、私としても良い相手を見つけて良きところに収まってくれたらという思いはある」

「はい」

「ドヴォルザーク卿と良い仲なのだったら、それを尊重したいと思って尋ねたのだが……。もう一度聞くが、彼とは何もない、ということで良いのだね?」

「……ええ、そうですわ」


 養父の問いに、セシリアは笑顔を崩さぬままうなづいた。


 ――何もない、かと問われると、完全に何もないわけではない。

 だけど実際、現状のヴィクターとの関係は別に恋人でも何でもないのだ。

 そんな状態で下手に匂わせて、結局本当に何でもなかった時にヴィクターに迷惑をかけてしまうのも嫌だった。

 そう思ったからこそセシリアは、父からの問いに「なにもない」とキッパリと答えることを選んだのだが。


「……わかった。では、近いうちにお前のところにこれまで送られてきた求婚者からの釣り書きを送ろう。目を通して、これと思う相手を選んで連絡するように」

「わかりました」


 相手がいたら、ではなく、選んで、というところに、これは自由意志ではないのだという養父の意図を感じた。


「私はね、別に無理にお前に結婚をしろと強制しているわけではないよ。ただ、何事にも適齢期というものがある。私はお前に、後から『やっておけばよかった』と後悔する人生を歩むより、やるだけやって実感してから物事を決めてほしいのだ」


 要約すると、『お前ももう20歳を過ぎたのだから、とうが立つまえに行動だけでも起こしなさい』ということを言いたいのだろう。


 いいたいことはわかる。

 いいたいことはわかるし、妙齢の娘で周囲からの評判も悪くないのに、未婚のまま嫁き遅れることを心配してくれているのもわかる。


 マーヴェル家の世間への体裁も悪いというのもあるが、この父はどちらかというと、そういった体裁よりは娘の幸せを重視してくれるタイプだ。


 だからこそ。そんな優しい父だからこそ。

 反発なんてする気もなかったし、親不孝になるようなことはしたくないと思うセシリアなのだが。


(嘘でもいいから、ヴィクター様といい感じなんです、くらい言っておいた方がよかったのかしら)


 ちらりと、そんな考えも頭を掠めた。

 しかし結局は、


「わかりました。では後日、改めて送られた釣り書きを拝見して、お返事を送りますわ」


 と答えたのだった。



 ◇



「……セシリア。父上はああおっしゃったが、私は別に、お前が結婚したくないと思っているのなら無理にしなくてもいいと思っている」


 食事が終わり、父と母が席を立った後。

 リカルドがセシリアを呼び止めて、そんなことを告げてきた。

 

「筆頭聖女になりたいと願っていただろう。そのために、お前が結婚が必要ないと思うのなら、私からも父上に口添えをしたっていい」

「お兄様……」


 あの場では、家長である父を立てて何も言わなかったが、と言うリカルドの言葉を、セシリアは兄の優しさだと受け止め言葉を返した。


「お兄様、ありがとうございます。でもわたくし、お父様の言う通り一度釣り書きを見るだけ見てみようと思います」

「セシリア……!」

「その上で、やっぱり結婚よりも今の仕事を大切にしたいと思ったら、その時はお兄様にご相談します。だって、お父様の仰っていることも確かにそうだとわたくしも思ったのですもの」


 向き合うだけ向き合ってから答えを出した方が、お父様にもご納得してただけると思いますし、と告げると、リカルドは「そうだな……」と言って、それ以上追求しようとはしてこなかった。


 実際、リカルドのセシリアへの言葉は、優しさというよりは半分以上はリカルドのエゴだった。

 単に、セシリアが他の誰かのものになるのは嫌だという自分勝手な思い。


 父の釣り書きの話も、リカルドは、セシリアはきっと断ると思っていたのだ。

 だから、セシリアが父の話を素直に受け入れたことに多少の焦りを感じてしまった。


「……釣り書きを見て、もしも気になる男がいたら私も一緒に見定めてやろう。お前を幸せにできる男かどうか、私が判断してやる」

「いやだお兄様ったら。わたくしもう子供じゃありませんわ」


 セシリアは冗談にとった言葉だったが、リカルドとしては本気だった。


「お兄様は、わたくしのことよりもユフィ様のことを大事にしてあげてくださいな。わたくしにとっても――、これからは大事なお義姉様になるのですもの」


 そう言って寂しげに笑うセシリアに、リカルドは一瞬、なんと声をかければいいのかわからなかった。


 しかしそこでセシリアが、


「あ……。お兄様申し訳ありません。わたくしもう行かないと」


 と言い出したので、その話はそこでそれきりとなり。

 では、と言って去っていく妹の後ろ姿を、リカルドは何とも言えない不安を抱えながら見つめたのだった。

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