第43話 再び、セシリアの手紙






 ――ヴィクター・ドヴォルザーク様。


 前略。

 ヴィクター様が聖都を立たれてから、早いものでもうすぐ三ヶ月になります。

 三ヶ月というのは、迎える前は長く感じるものですが、過ぎてしまうとあっという間です。

 わたくしが日々業務に追われるだけでもそう感じるのに、ヴィクター様にとってはきっとさらに早く感じられたことでしょう。


 先日、帝国とナビレラで講和条約が結ばれるという話を耳にしました。

 この短期間での講和という異例の速さにも驚きましたが、その講和の交渉にヴィクター様も一役買っているとお聞きしたのですが、本当なのでしょうか?


 優秀なヴィクター様のことですから、きっと本当のことなのだろうと思いながらも、ただでさえ慣れない土地であまりご無理なされていないか心配でなりません。


 またそんな中、先日はミーナの手紙に返事をくださいましてありがとうございます。

 正直なところ、わたくしの余計な差し出口で起こしてしまったことに、申し訳のない気持ちも感じております。


 ミーナが聖女になるということは、見習いのうちは聖職者用の宿舎に住まうことになりますし、ヴィクター様の生活にも大きな変化が出てしまうからです。


 何も言わずに、ただヴィクター様がお戻りになるまで、黙っていた方がよかったのか。

 ヴィクター様といることが、ミーナの幸せだということもわかっていました。

 だから、ミーナが『聖女にはならず、今の暮らしのままヴィクター様といる』と決めたのであれば、それでもよいと思っていました。


 でも、彼女が自分の人生を生きると決めて、わたくしにそのことを相談してきた時。

 わたくしは今まで以上にミーナが可愛くて仕方がありませんでした。

 子供の成長を見るということは、こんなにも胸を打たれるものなのですね。


 ミーナの見習い聖女の諸々の手続きは、ヴィクター様が戻ってからにしましょうと話しています。

 ヴィクター様がいらっしゃらない間に家を出ることになるのは、寂しすぎますもの。


 だから――、どうか元気で、お帰りくださいね。

 またお会いできる日を、楽しみにお待ちしております。


 セシリア・マーヴェル



 ◇


 乾いた空気に、冷たい冬の息吹が混じり始めた屋外で。

 ハタハタと手紙を風に揺らしながら、ヴィクターはセシリアから届いた手紙を読んでいた。


「……ああ」


 セシリアから届いた手紙を読み終わった後、ヴィクターは思わずため息を漏らした。


(セシリア様――)


 手紙から微かに漂ってくる匂いは、セシリアを思わせる匂いがした。

 ただそれだけで、無性に会いたくなって、でも近くにいないことにやるせなさを感じる。


(会いたいな……。会って、抱きしめて、顔中にキスして。その時こそ――、もう遠慮することなく好きだと言いたい)


 ――そんなことを、ここに来てから何度考えたかわからない。


 どんな返事が返ってきてもいい。

 もう自分の中で、この想いを抑えきれないのだ。

 今回の件でヴィクターがセシリアと物理的に離れることで、少し落ち着いて冷静になれるかとも思っていたが、全くの逆効果だった。


 会えなくなった分――、余計に、会いたさが増した。


「なぁ〜におセンチにため息なんかついてんだよ」

「……サイラス様」

「別働隊をまとめて一仕事終わらせてきてみたら、お前が部隊ごと帝国軍から抜かれてると来てる。一体どうなってるんだと思っていたら、呑気に手紙なんか読んでため息なんてついてるしよお」

「申し訳ありません。急遽、皇女殿下の護衛隊に加われと言われましたもので……」

「それでなんで講和の調停に一役買ってることになってるんだよ……。俺たちは中立のレーヴェンス神聖国だぞ?」

「……調停なんて大層なものじゃないです。講和の話がこじれそうになりかけたのを、妥協点が見えたので進言しただけです」


 結論、その妥協案が決め手となり、講和が結ばれることとなったのだが。

 昔から、周囲を冷静に観察しながら解決点を見出すことを得意としてきたヴィクターにとっては何気ないことだったが、政治的な観点からみると立派な才能と言えるものだった。


「……それで、皇女殿下から正式にお前を帝国に寄越す気はないかと打診がきてるんだが」

「すみませんがお断りさせてください。私の帰るところは自国にありますので」

「自国っつーか単に次席聖女様のところに帰りてーだけだろーよ……」


 ま、いいけどよ、と言いながら、ヴィクターの隣に座り込んでいたサイラスが立ち上がる。


「撤退だ撤退。事態も収束したし、帰還許可が出た。今日の講和条約の調印式が終わったら帰れるぞ」

「……! そうですか……!」


 ようやくの帰還の言葉に、ヴィクターがほっと顔を綻ばせる。

 

「帰還行程を立てるから、お前も後で簡易兵舎に来い。なるべく早く帰れる行程を組んでやるよ」


 そう言って「じゃあ、後でな」と立ち去っていくサイラスを背を見ながら、ヴィクターも立ち上がる。


 ――もうすぐ帰れる、会える。


 それだけで、疲労で重たくなった体が少し軽くなったような気持ちになった。



 ◇



 ――しかし。


 この日の午後に行われた講和調印式で。


 ナビレラの講和反対派が起こしたゲリラ襲撃により、ヴィクターの生死が定かではなくなる事件が起こることとなる。


 襲撃によって倒壊した簡易兵舎の下敷きになってしまったという報告と共に――。


 神聖国の次代の星は、生存確認が取れない状態となってしまったのだった。

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