第44話 セシリアの決意




「――わたくしが、帝国へ参ります」


 副騎士団長ヴィクター失踪の報告を受け、ウルド教幹部で緊急会議が開かれた場で。

 迷うことなくセシリアは、そう言って自ら捜索隊への参加を名乗り出た。


「しかし……」

「講和は成されました。襲撃した反対派の残党も全員捕まったと聞いています。危険はないはずです」


 セシリアの申し出に渋る枢機卿に対して、セシリアはきっぱりと言い切る。


「それに、本来後方支援であるはずのこちらの部隊がなぜ前線にいたのかも納得できません。約束が違うではありませんか」

「それに関しては、帝国からちゃんと打診があってこちらから許可を出しているのだ……」

「なぜ許可を出したのです? お金ですか?」

「……」


 問いただした枢機卿から無言で返されたことを肯定と取ったセシリアは、苦々しい思いで顔をしかめる。

 セシリアがこうして感情をあらわにすることは、非常に珍しいことだった。


「許可を出すには、会議で三分の二以上の議決をとり、なおかつ各部の枢機卿と筆頭聖女の承認印が必要なはずです。会議で議題に上がった記憶もなければ、こちらにその決済書類が届いた記憶がありませんが」

「緊急決済として大司教様にご捺印いただいたのだ。故に、会議には挙げていない……」

「それで、命の危険に晒された者たちがいると言うことを、きちんとご理解されていらっしゃるのですか?」

「まあまあセシリア、そのくらいにして差し上げなさい」


 明らかに独断で案件を進めている枢機卿に対し珍しく苛立ちを見せるセシリアに、クリスティーナがまあまあとやんわりたしなめる。


「過ぎたことを責めても仕方がないでしょう。今は、先ほど話していた生存不明者と現地に残された人たちの救援を先に考えたほうが建設的では?」


 クリスティーナの言う通り、本来の目的から、つい苛立ちに飲まれて話が別の方向にずれてしまったが、そもそものセシリアの目的は瓦礫に生き埋めになってしまったであろうヴィクターの捜索なのだ。

 いさめてもらえたおかげで少しばかり冷静さを取り戻したセシリアは、「確かに……その通りですわ。言葉を荒げて申し訳ありません」と素直に非を認めた。


「まあ――おかしな決済を下されていたことは後でちゃんと是正させていただくとして。どうかしら皆様? 今回は最初の提案通り、この子に任せてみては」


 そう言ってクリスティーナが、ぽんとセシリアの両肩に手を置きながら、その場にいた全員に向かってにっこりと微笑った。

 

「この子よりも――現場で如才じょさいなく立ち回れると言う方がいらっしゃるのでしたらわたくしもよろこんでお任せしますが。もしそんな方がいらしたらご申告いただけますか?」


 にっこりと微笑みながらもどこか挑発的にも聞こえるクリスティーナの発言に、手を上げるものは誰もいなかった。




 ――こうして、クリスティーナの助力によりセシリアのヴィクター捜索が認められたのだったが。


「今回は手を貸してあげましたけれど。公私混同とは取られないよう気をつけて立ち回りなさいね」


 と、クリスティーナからはしっかりと釘を刺された。




 ミーナにも事情を説明し、「もし一緒に来たければ着いてきてもいい」と言うと、一も二もなく「私も行きます」と返事が返ってきた。


 翌日早朝に揃ったメンバーは、ごく少数で編成された早駆けする者だけで構成された。

 実際、救助活動は現地に残った騎士団が担ってくれているため、今回必要なのは強い治癒力を持つ聖女なのだ。

 今回参加する聖女はセシリアのみ。

 後はセシリアを護衛する者と、ミーナを早馬に同乗させる者だけだった。


 馬の背に揺られる道中、セシリアはずっと、気が気ではなかった。

 帰らぬ人となったヴィクターの姿を何度も想像し、その度に首を振って悪い想像を打ち消そうと努力した。


 たったひとりの人間の喪失で、自分がこんなにも揺らいでしまうのだと。

 セシリアは初めて知ったのだった。




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