第45話 救出
ナビレラと近接する帝国領を目指して、早馬を走らせる。
旅慣れないミーナに無理をさせてしまうことは申し訳なかったが、本人に出発前に「きつい道程になる」と伝えた上で了承してきたことに甘えて、セシリアは先を急いだ。
◇
「サイラス様!」
帝国軍とレーヴェンス聖騎士団の駐屯地となっている場所にたどり着くと、目的の人物を見つけてセシリアは足速に近づいた。
周囲は襲撃の名残か、あちこちに瓦礫がつみあがったままだ。
「セシリアちゃん」
疲労の色が濃く、無精髭も伸び放題のサイラスが、セシリアを見て驚いたように目を見開く。
「伝書を見てまさかと思ったけど、本当に君が出てくるとは……」
「はい。ミーナも一緒です」
そう言ってセシリアは、背後に大人しく控えたミーナを示して見せる。
「そうか……。悪ぃな……、こんなことになっちまって……」
「サイラス様のせいではありませんし、過ぎてしまったことを後悔するのは後です。サイラス様、現状を教えていただけませんか?」
「あ……、ああ、そうだな」
後ろめたそうな様子を見せるサイラスにセシリアがきっぱりとそう言うと、サイラスが「実際に現場を見た方が早い」と、崩落現場を案内された。
「瓦礫の下敷きになった奴らが生き埋めになってもう三日になる。下敷きになったやつは全部で三名。そのうち一人は無事を確認。一人は死亡。残り一人は現在まだ捜索中だ」
そして、その一人がヴィクターである――ということを、サイラスの口から説明を受けた。
「……知っているかもしれないが、生き埋めになった時の生存確率は三日を境に大幅に落ちる。今がまさにボーダーラインなんだが、どこに埋まっているのかの検討もつかない」
せめて、目印のようなものがあれば――と唸るサイラスに、ふとセシリアはなにかひっかかりを感じた。
「……目印」
口に出して、その引っ掛かりの正体を掴んだセシリアは、「目印は、あります……」と自分でも信じられない思いで顔を上げながら言った。
「なんだって?」
「……わたくしが、以前ヴィクター様にお世話になったお礼にイヤーカフを差し上げた時に、こっそり加護の祝福をかけたのです」
値段自体がそんなに高くないプレゼントだったから、付加価値としてそれくらいはしてもいいかと思って黙ってやったのだ。
「わたくしがここで神聖力を使えば、イヤーカフにかけられた加護の祝福も増幅して光り出すはずです」
加えて、イヤーカフにかけられた祝福は、今もヴィクターを守っているはずだ。
セシリアの能力というのは並外れて高い。
セシリアがイヤーカフにかけた加護というのは、持ち主に命の危険が迫った時には、持ち主を守るようにと祈ってかけたものだ。
以前、セシリアが魔術大国に訪れ魔術師と仕事で関わった際、試しにどれくらい加護の力を発揮するか試してもらったことがあるが、複数人からの魔術師の高等魔術数発分は軽く防いでくれた記憶があった。
――つまりは。
ヴィクターはまだ、生存している可能性が高い。
セシリアは迷わず、その場で神聖力を最大限に発揮した。
彼女が両手を胸の前で組んで跪いて祈り出すと、セシリアの周囲から神々しい光が満ち溢れてくる。
「すごい……」
それを見たミーナが、思わずぽつりと声を漏らした。
セシリアの周囲にいる、怪我をした人々も、みるみる怪我が癒やされていく。
「これが……、次席聖女かよ……」
隣で見ていたサイラスも、その規格外の能力に唖然とせざるを得なかった。
「団長ー! ここです! ここから光が漏れてます!」
そう言って、少し離れた場所から、聖騎士団の団員が大きな声でサイラスに声をかけてくる。
「おう! そこの瓦礫を重点的にどけろ!」
おそらく、そこにヴィクターがいる、とサイラスが団員に向かって返事をした。
――かくして、騎士たちと帝国の兵士たちが力を合わせて瓦礫をどかしていった先に。
セシリアが探し求めていたヴィクターが、黄金の光に包まれたまま横たわっていた。
「――ヴィクター様!」
瓦礫の中から現れ出た主人の姿に、ミーナも思わず声を上げた。
「あ……、ここは……?」
「大丈夫です! 意識もまだあります!」
ヴィクターに近づき、検分した騎士が周囲に向かってそう告げてくる。
(ああ――、よかった――)
あの時、ヴィクター様にアクセサリーをプレゼントして。
余計なお世話かもと思いつつ、祝福を授けておいてよかった。
あれがなければ、もしかしたら今、もっと危うい状態だったかもしれない。
そう、セシリアは心から安堵し――。
そのまま力尽き、ばたりと地面に倒れ伏したのだった。
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