第48話 聖女様は家族から同棲の許可を貰いたい

 セシリアとヴィクターの想いも通じ合い、二人は結婚を約束し、めでたしめでたし――。

 

 ――かと、思ったのだが。



 ◇

 


 「私は認めないぞ! 婚姻前の女性を家に連れ込むなど……!」


 リカルドの結婚式が行われた、その日。

 式の前にセシリアがエスコート役のヴィクターを伴って兄に挨拶に行くと、結婚式当日だというのに怒りも露わなリカルドがセシリアたちに向かってそう告げてきた。


「お兄様。連れ込むわけではありませんわ。わたくしが悪かったのです」


 なぜ、こんな状況になっているのかというと。


 セシリアとヴィクターが帝国から神聖国に戻ってきたら、なぜか宿舎の管理部側の手違いで、セシリアの部屋の利用申請の更新が行われていなかったのだ。


『え――? セシリア様の宿舎のお部屋は、一ヶ月後に退去予定となってますよ――?』と言われて。

 

 なんとかならないかと頼み込んだが「申し訳ありません。もう次が決まっているので……」と、セシリアは部屋を立ち退かざるを得なくなってしまったのだ。


 そして、それを聞いたヴィクターが「だったら、うちに住めばいいんじゃないですか?」と言い出し。

 セシリアがその提案を受け入れるべきか否かもたもたと迷っている間に、強気で説き伏せてきたヴィクターに押し切られ。


 そうして、押し切られたセシリアが「だったら、両親に同居することを伝えないと」と言って、なぜかそれが、ヴィクターの結婚式の今日となったわけである。


「セシリア様が悪いことなんてないじゃないですか。運が悪かったんですよ」


 そして――、そう告げるヴィクターにとってはある意味運が良かったのだが。

 そんなことを思いはしても、懸命なヴィクターは口には出さない。


「住む場所がないのだったら、マーヴェル家の邸宅から通えばいいじゃないか!」

「お兄様、さすがにそれは無理です……」

 

 マーヴェル家の邸宅は大聖堂から少し離れた区画にある。

 無論、通おうと思って通えない距離ではないのだが、職場からほぼゼロ距離だった宿舎に住み慣れたセシリアにとっては大分負担だった。

 対して、ヴィクターの家は大聖堂の目と鼻の先である。

 宿舎よりはわずかに遠いが、邸宅から通うよりは断然近い。


(それに……。いくらお兄様に対する気持ちの整理がついたからと言って、新婚夫婦がいる家に小姑としているのも……)


 今はもう、花嫁姿のユフィを見ても純粋に祝福する気持ちで直視することはできるが、だからといって新婚夫婦と同居するのならば一人で住めるところを探した方がまだよかった。


「はう……。公式本命カップル……、尊い……」


 ユフィがなぜか瞳をうるうるさせながらセシリアとヴィクターを涙目で見つめているが、セシリアは今それは気にしないことにした。


「いいじゃないのリカルド。だって、どうせ結婚するんでしょ?」


 だったら別に体裁も何もないじゃない、とケロリというフローレンスに、リカルドが苦々しい表情で振り返る。


「母上……! 私はまだ結婚のことも認めたわけでは」

「本当はすぐにでも結婚したいというのを、あなたの結婚の直後で立て続けになるのは良くないからって待っていただくのよ?」


 遅かれ早かれ一緒に住むことになるのなら、別に今からでもいいじゃない、とフローレンス。


 そうしてリカルドの結婚を認めない云々のくだりをばっさり無視するフローレンスだったが、普通に考えて娘が公爵家の跡取りに見染められて『認めない』も何もないのだ。

 セシリア本人が嫌がる様子を見せていたり、女癖が悪かったり変な暴力癖がある等の噂があるのだったらまた別だが、ヴィクターは人柄的にも全く問題のない男だった。


 いくらリカルドが認めないと騒ぎ立てたところで、そんな言葉は残念なことに何の効力も持たないわけで。


(とはいえ、わたくしだってどうせならお兄様に祝福されて幸せになりたいけれど)


 一体、いつのまにリカルドの中でこんなにヴィクターに対する好感度が底辺まで落ちてしまったのか――?

 実のところ、それは単なるリカルドのヴィクターへの嫉妬でしかないのであったが。


「あの。一応わたくしはまだ、今月いっぱいは宿舎の部屋が使えるので、一旦そこには戻っているのですが……。ヴィクター様のところに間借りして生活をすることは、家族の許しを得てからでないとと思って」

「私たちは全く、何の異論もないよセシリア。むしろお前がこうして私たちを家族だと思って相談してきてくれるのが嬉しいくらいだ。なあフローレンス」

「ええ、あなた」

「父上! 母上!」

 

 自分を置いて話を進めようとする家族に向かって、リカルドは思わず声を荒げる。


「リカルド。いい加減にしなさい。お前が気にかけるべきはもう、セシリアではなく目の前の伴侶のことではないのか?」

「…………っ」

「リカルド様……」


 父親にそう言われて反論する言葉を無くすリカルドに、ユフィが気遣うように手を添える。


 そんなマーヴェル侯爵とリカルドに向かって、ヴィクターが取りなすように言葉をかけた。


「リカルド様がお怒りになるのも仕方がありませんマーヴェル侯爵。元はと言うと、私が最初に、ご家族にご相談せずセシリア様に留守をお願いしたことがいけないのですから」


 リカルドからの信頼を失ってしまったのは全て自分に原因がある――と。


 「そうだ! そのとおりだ!」と、リカルドは言い返してやりたかったが、ここでこれ以上言葉を重ねても、自分の立場が悪くなるだけなのはこの場にいる空気でわかった。

 故に、謙虚な態度を見せるヴィクターを家族が擁護する傍らで、リカルドはただ、ほぞむことしかできず。



 結局、リカルド以外全員が賛成という圧倒的多数決の結果により、セシリアとヴィクターの同居は認められることとなったのだった。




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